雨音の字幕
音楽室の前で雨宿りしていると、隣にいた彼が窓ガラスを指さした。
雨粒が何百本もの線になって流れている。彼は補聴器を外し、濡れたハンカチで丁寧に拭いていた。突然の豪雨で、渡り廊下を走ってきたらしい。
「聞こえないの?」
口を大きく動かすと、彼は笑って首を振った。そしてスマホに打った。
〈今はほとんど。雨はどんな音?〉
私は答えに困った。
「ザーザー」
彼は眉を上げる。
〈それは文字で見たことある〉
確かに、何の説明にもなっていない。
私は曇った窓に指で書いた。
〈千人が同時に拍手してるみたい〉
彼は少し考えて、その下に書く。
〈拍手は知ってる。床から伝わる〉
〈じゃあ、拍手より細かい〉
〈細かい拍手?〉
〈小さい指で、ずっと机を叩いてる感じ〉
〈怖い〉
私は手すりへ彼の指を置かせた。屋根を打つ雨の振動が、金属を通ってかすかに伝わる。彼は目を閉じ、しばらくその震えを数えた。
〈これは聞こえる〉
〈どんな音?〉
〈急いでる足音〉
二人で笑った。
音楽室では吹奏楽部が練習していたが、豪雨に負けているらしい。私には金管の音が途切れ途切れに聞こえ、彼には扉の振動だけが伝わっていた。
彼はガラスへ新しい一文を書いた。
〈雨の匂いは、音にすると何?〉
ますます難しい。
私は制服の袖を嗅いだ。湿った布、土、ワックス、誰かのシャンプー。放課後の校舎が全部濡れた匂いだ。
〈昨日を水で薄めた音〉
書いてから、格好をつけすぎたと後悔した。
けれど彼は消さなかった。
〈それ、好き〉
その三文字だけ、指で四角く囲んだ。
雨脚が弱まり、彼は補聴器をつけ直した。スイッチが入った瞬間、顔をしかめる。
「うるさい?」
今度は普通に話すと、彼はうなずいた。
「でも、さっきよりわかる」
何が、と聞く前に、廊下の向こうから友達が呼んだ。彼は走り出し、途中で振り返って窓を指した。
翌朝、ガラスの文字は掃除されていた。
ただ、雨の日になるたび、彼は私の机を小さな指で細かく叩く。千人分には足りない、二人だけに聞こえる雨音の字幕だった。