雪灯りの甘酒
月瀬穂澄は、元婚約者の結婚報告を見た夜、雪の宿場町へ向かう切符を取った。
別れて二年。自分から終わらせた関係だった。それでも写真の中で彼が、自分とは選ばなかった家族の形を手にしているのを見ると、胸の古い場所が痛んだ。
宿場町では、冬の灯り祭りの準備をしていた。
通りの雪壁へ小さなくぼみを作り、ろうそくを置く。穂澄は宿へ荷物を預けたあと、見物するつもりで歩いた。
軒先で作業していた蝋燭店の女性に、木べらを渡される。
「そこ、一つ空いてるでしょう」
「私、観光客です」
「旅の人の穴も、同じ形よ」
穂澄は雪壁を掘った。
手袋越しにも雪の冷たさが伝わる。丸くしようとしても片側が崩れ、女性に直してもらう。
「きれいにできません」
「火が入れば、影が整える」
夕方、町中のろうそくへ順番に火が入った。
穂澄が作った穴も、内側から橙色に光る。歪みは見えるが、その分だけ影が長く伸びた。
女性は店先で甘酒を温め、紙カップへ注いだ。
「働いた人の分」
米粒の残る甘酒は、舌へ柔らかく触れ、生姜の辛さがあとから来た。
「元恋人が結婚したんです」
穂澄は、なぜか初対面の女性へ言った。
「おめでたいね」
「はい」
「あなたには、痛いね」
「はい」
二つの返事が並び、どちらも嘘ではなかった。
女性は雪灯りを見ながら言った。
「同じ火でも、置く穴で形が変わるでしょう。前に合わなかった灯りが、別の場所でうまく燃えることはある」
「私にも?」
「火があればね」
穂澄はカップを持つ手を少し上げた。
「今は甘酒があります」
「それで十分」
祭りが終わる前に、細い雪が降り始めた。
ろうそくの周りへ積もり、光を少しずつ小さくする。消えたものから、係の人が無理に点け直さず片づけていった。
宿の部屋へ戻ると、窓辺から通りの灯りが見えた。
元婚約者の写真をもう一度開き、今度は短く〈おめでとう。幸せに〉と送った。
返信を待たず、携帯を伏せる。
布団には湯たんぽが入り、部屋には畳と木の匂いがした。
唇には甘酒の甘さと生姜の熱が残っている。
誰かの新しい灯りを見ても、自分の夜まで暗くなるわけではない。
穂澄は雪明かりの天井を眺めながら、自分の火を急いで置く場所を決めなくてよいと思った。