雪道にハザード三回

鏑木小夜は、札幌行きの航空券を三度取り消していた。

一度目は繁忙期、二度目は体調不良、三度目は急な会議。雪村晃生にはそう伝えた。本当は、半年前の乱気流以来、飛行機の扉が閉まるだけで息ができなくなる。

弱いところを見せたら、遠距離そのものを続けられないと思われそうで、言えなかった。画面越しなら笑って隠せても、空港へ向かう朝だけは指先が冷たくなった。

四度目の週末、晃生は札幌から車で南下し、小夜は仙台から新幹線で北へ向かった。青森の小さな駅で落ち合い、雪の海岸を一時間だけ歩いた。

帰り道、峠の手前で通行止めになった。

赤い誘導灯を持った係員が、「十分後に札幌方面へ戻る車列を出します」と告げる。小夜の新幹線は反対側だ。代行バスもない。

「俺の車で札幌まで来る?」

晃生が聞いた。

「平気。駅までタクシー探す」

「この雪で?」

「平気だって」

二度目の返事は、白い息より薄かった。

晃生はハザードを三回点滅させ、路肩へ車を寄せた。後続車がゆっくり追い越していく。

「小夜、飛行機が怖いんだろ」

車内の暖房音だけが残った。

「誰に聞いたの」

「誰にも。キャンセルの日、全部晴れてたから」

逃げられなかった。外は吹雪で、列はもう動き始めている。

「怖くない」

「じゃあ、手」

差し出された晃生の手を見て、小夜は動けなかった。

「強がるために遠距離してるわけじゃないよ」

責める声ではなかった。それがかえって痛かった。小夜は、怖いと言えば毎回来てもらうことになる気がして、唇を噛んだ。

「私のせいで六時間も運転させたくない」

「来たのは俺が決めた」

係員が窓を叩いた。「出発します」

小夜はキャリーケースの持ち手を握る。新幹線の駅へ戻るか、彼の車へ乗るか、決める時間は十秒もなかった。

「平気じゃない」

晃生が待つ。

「怖い。飛行機も、面倒な人だと思われるのも」

それが最後の言い直しだった。

小夜は助手席のドアを開け、キャリーケースを後部座席へ押し込んだ。晃生の手を借りずに乗り込んでから、自分のほうからその手を握った。