雪道の現在地

午前二時二十分、半田岳人のスマートフォンに雪村早紀から電話が来た。

「車、止まった。エンジンはかかるけど動かない」

別れて八か月。早紀がまだ、岳人の教えた古い四駆に乗っていることを初めて知った。

「四駆の切替レバー、半端な位置じゃないか」

「暗くて見えない」

「現在地を送って」

届いた地図は、六十キロ北の峠を示した。外は吹雪。岳人は作業着の上にダウンを着て、実家の整備工場からレッカー車を出した。

「そんな遠く、誰と行ってたんだ」

「一人」

「新しい男に頼めばいいだろ」

「いないよ」

岳人は返事をしなかった。別れた夜、早紀の車から東京支社への異動通知を見つけた。相談もなく町を出るのだと思い、先に〈俺たちはここまでにしよう〉と送った。早紀から返ってきたのは〈分かった〉だけだった。

「異動、どうだった」

「行かなかった」

「通知、見た」

「その裏、見た?」

岳人はアクセルを緩めた。

「辞退届の控えをホチキスで留めてた。あなたが工場を継ぐなら、私が戻ろうと思って」

「俺は継いでない。親父が退院するまで手伝っただけだ」

互いに相手が残る場所を選んだと思い、自分の行き先を変えていた。

午前二時二十七分、地図が突然更新された。早紀の印は峠ではなく、岳人の町まで三キロの県道にある。最初の位置情報は、圏外になる前の古い地点だった。

「こっちへ来てたのか」

「助手席の下に、あなたの合鍵があったから。返して、それから聞こうと思った。あのとき本当に終わらせたかったのか」

前方の遮断機が下りた。雪崩の恐れで、県道は午前六時まで通行止めになる。向こう側には黄色い回転灯が見えた。早紀を拾った除雪車が、反対方向へゆっくり戻り始める。

「早紀、明日の朝——」

「八時の便で東京へ行く。今度は本当に」

黄色い灯が雪に溶けた。電話も圏外で切れる。

岳人は遮断機の前でレッカー車を止めた。帰ろうと思えば帰れたが、助手席に置くはずだった新しい合鍵をポケットから出し、ダッシュボードの上へ置いた。エンジンを切らず、道路が開く方角を向いたまま、シフトをパーキングへ入れた。