雲上離婚調停
八尋環と夫は、七十二歳で同時にアップロードした。
五十年連れ添ったのだから、永遠も一緒でいい。そう思っていたのは最初の三か月だけだった。
仮想空間では、自分を複製して別々の人生を試せた。環は陶芸家になる自分、海賊船長になる自分、山寺で黙る自分を作った。夫は料理人、植物学者、無口な猫へ分岐した。コピーは一週間後に統合する約束だったが、海賊の環は帰還を拒み、猫の夫は言葉を失ったまま昼寝を続けた。
そのうち、陶芸家の環が植物学者の夫と恋に落ちた。
元の夫は激怒した。
「浮気だ」
「相手もあなたでしょう」
「僕であって僕じゃない」
「それなら、浮気した私も私じゃないわ」
議論は百三十年続き、二人は雲上家庭裁判所へ離婚を申し立てた。
調停AIは、面接室に集まった環十三人と夫九人を見渡した。
「どの組み合わせを婚姻当事者と認定しますか」
誰も答えられなかった。アップロード直後の原本は何度も統合され、上書きされていた。全員が本物で、全員が少しずつ別人だった。
そこで調停AIは、二人が初めて結婚した日の映像を再生した。若い環と夫は、市役所の階段で笑いながら、毎朝選び直せばいい、と言っていた。
「何を?」と海賊の環が訊いた。
「一緒にいることを」と若い夫が答えた。
環たちは黙った。五十年の結婚を守ろうとして、永遠まで一括契約したことが間違いだったのだ。
結局、二人は離婚した。
その翌日、陶芸家の環と植物学者の夫は、一年間だけの婚姻届を出した。海賊の環は猫の夫を船に乗せた。元の環は元の夫と別々の家へ住み、毎週水曜だけ夕食を共にした。
一年後、更新窓口には十七組の環と夫が並んだ。更新しない組も、別の組み合わせを選ぶ者もいた。
元の夫が環に訊いた。猫は隣で欠伸をした。
「僕たちは、どうする?」
環は百年ぶりに、契約ではなく彼の顔を見た。
「明日の朝、また決めましょう」
永遠の結婚は壊れた。
その代わり二人は、終わりのない世界で、一日ずつ相手を選べるようになった。