零点を消した一本のチョーク
魔法学院の実技試験で、サリアの測定値は零だった。
昨日まで百二十を示していた水晶球が、彼女の番だけ沈黙した。試験官ハインツは待っていたように退学届を差し出す。
「平民枠には荷が重かったのだ。署名しなさい」
観覧席では貴族生たちが笑っている。だがサリアは水晶球ではなく、床の測定陣を見ていた。円の北端だけ、線が爪で削られたように途切れている。
証明する道具がない。
そこで、入学時から使わずにいた《新入生限定・初回十連》を開いた。
インク瓶、消しゴム、定規など文具が九つ。十個目は、短い白チョークだった。
《補完用白墨/説明:本来そこにある線を引けます》
サリアは即座にしゃがみ、途切れた一寸をチョークで結んだ。
測定陣が青く発光する。
水晶球は百二十を通り越し、二百、三百と数字を跳ね上げた。最後には表示窓が割れ、天井へ光の柱が伸びる。同時に、床の下から赤い線が浮かび上がった。
《不正干渉術式・実行者ハインツ》
チョークが補ったのは測定線だけではない。隠されていた犯人の署名まで、あるべき形で描き出したのだ。
ハインツが靴で線を消そうとする。しかし白墨は床ではなく空中へ移り、全観覧席から読める大きさで不正術式を再現した。
学院長が立ち上がる。
「試験官を拘束。サリアの結果は再測定不要、特待首席とする」
差し出された退学届を、サリアはハインツへ返した。
「署名するのは、あなたの辞職届のほうですね」
笑いは一つも起きなかった。今度は全員が、彼女の手に残った白墨を見ている。
白墨はさらに、壁際に積まれた過去の試験票へ光を伸ばした。平民枠で零点とされた七人の答案に、消される前の数値が戻る。すでに退学した者の名まで読み上げられ、学院長は全員の復学と補償をその場で命じた。サリア一人の点数が戻っただけではない。誰かの都合で消された努力が、まとめて教室へ帰ってきた。
観覧席で笑っていた生徒の一人が、落ちた白墨を拾ってサリアへ返した。「知らなかった」で済ませず、復学する七人の席を自分たちで用意すると申し出る。教室の空席が、ようやく不正の数として見えるようになった。
《唯一級〈真理補完筆〉/欠落・改竄・隠蔽を本来の状態へ戻します》