霧の下の荷物

濃霧で出発が遅れる中、北浜空港の手荷物システムが「正常」と表示したまま止まった。

地上係員の倉橋美羽は、搭乗口で乗客を案内しながら、預けたはずのスーツケースが一つも機体へ流れてこないことに気づいた。ベルトは動いている。タグも印刷できる。だが機側の端末に出るマニフェストが、三十分前から同じ百四十二個のままだった。

運航責任者は、霧が晴れる前に搭乗を終えたいと言った。「表示が正常なら、そのうち追いつく。先に人を乗せよう」

美羽は搭乗を止めた。乗客と荷物の数が合わないまま扉を閉めれば、荷物だけを置いていくか、逆に持ち主のいない荷物を積むことになる。

中央システムとの同期が切れ、空港側だけ古いマニフェストを持ち続けていた。予備系へフェイルオーバーすれば直る可能性はある。だが切替中に受け付けた荷物が、主系と予備系の間で消えるかもしれない。

美羽は受付をいったん閉じ、切替時刻を宣言した。時刻より前のタグは旧一覧、後のタグは紙の控えへ分ける。係員二人をベルトの出口へ置き、番号を声に出して読み上げさせた。タグの控えには赤と青の線を引き、旧一覧と予備系を混ぜないよう床の区画まで分けた。端末の中で境界が消えたなら、現場に見える境界を作るしかない。急ぐほど、システムの外に一本の境界線を作る必要がある。

予備系に切り替わると、止まっていた数字が百四十三、百四十四と増え始めた。しかし美羽はすぐ搭乗を再開しなかった。紙の控え十二枚と、新しい一覧の十二個が一致するまで扉を開けたままにした。数が合っても、行き先が違えば意味はない。美羽は乗継便の三個だけ、タグの空港コードまで読み合わせた。

出発は十九分遅れた。機長は無線で「よく止めた」と言った。乗客には、濃霧による遅延とだけ案内された。

最後の荷物が積まれ、機体が白い滑走路へ動き出す。美羽が閉じた受付を開け直すと、到着便の無線が入った。

「悪天候で一便、こちらへダイバートします。乗客百八十六名」

空になったはずの手荷物場へ、またベルトの音が近づいてきた。