青い合図灯

廃線跡の整備ボランティアには、参加前に読む短い作業規程がある。

【旧鶴喰鉄道・第二隧道】

《坑内で青い合図灯が見えても、手を上げて応えてはいけない》

戸祭岳人は二十四歳。鉄道会社への転職を考え、実績作りのつもりで参加した。作業用チャットには、入口の草刈り班と内部測量班の位置がリアルタイムで表示される。

14:03 岳人 入坑

14:07 本部 内部に他班なし

14:12 岳人 旧信号ケーブル確認

14:18 岳人 前方に青灯。誰かいます?

返信はすぐ来た。

14:18 本部 誰もいない。手を上げるな。

青い灯は、腰の高さで一度揺れた。鉄道員が発車合図を送るような動きだった。岳人は規程を覚えていた。それでも相手が負傷者なら無視できないと思い、確認のため右手を一度だけ上げた。

灯が緑から白へ変わった。

同時に、背後で何十足もの靴底が砂利を踏んだ。岳人は走った。ライトの円の外を、人影が二列になって追ってくる。皆、片手を上げていた。

出口へ転がり出たとき、入口にいた仲間は「一人で何に合図した」と笑った。チャットのログにも異常はなく、岳人の「青灯」の投稿だけが削除されていた。

ただし作業終了報告には、参加者が一名増えていた。

《内部測量班:戸祭岳人、ほか一名》

誰が編集したかは表示されない。

翌朝、岳人が勤務先のオンライン会議を開くと、カメラは正常なのに、参加者一覧へ見知らぬアカウントが入った。表示名は《在線》。発言も映像もない。削除しても、岳人が手を動かすたび再入室した。

昼休み、社内チャットの岳人のステータスが勝手に緑へ変わった。設定欄には見慣れない選択肢が追加されている。

《離席》《会議中》《在線》《通過待ち》

岳人がマウスに触れる前に、《在線》が選ばれた。

直後、全社員のチャンネルへ、彼のアカウントから一文が投稿された。

《進行よし。次の一名を入れてください》

投稿には青い丸のリアクションが並び、社員数より一つ多い二十七件になった。

最後のリアクションだけ、岳人の右手を上げた写真だった。