面会料一日
武生颯弦は毎夕、病院の面会ゲートへ手首を置く。
《面会料:寿命一日》
《患者・武生由布子へ移転します》
承認すると扉が開き、母の残量が一日増える。集中治療室の面会十分につき、訪問者の寿命一日を患者へ渡す。それが唯一の規則だった。
「今日も来たの」
由布子は酸素管の下で笑う。
「仕事帰りだから」
本当は、病院と反対方向の会社から一時間かけて通っていた。
母が倒れて二百九日。颯弦は一日も休まず来た。寿命を二百九日渡し、母はそのぶんだけ治療を続けられた。医師は「明日、新しい薬を試せます」と言った。
「もう来なくていいよ」
由布子は毎日同じことを言う。
「明日だけ」
颯弦も毎日同じように答える。
二百十日目、ゲートが赤く光った。
《残り寿命が面会料を下回っています》
《残高:二十三時間五十八分》
《入場できません》
颯弦は表示を見直した。通勤、食事、家賃。母へ渡した日数だけでなく、日常の決済も積み重なっていた。
「二分だけまけてください」
受付端末は反応しない。
「十分会えば、母に一日入るんですよね。俺は二十三時間五十八分ある。差は二分だ」
《面会料は一日単位です》
ガラスの向こうに母の部屋が見える。由布子の残量は《二十三時間五十七分》。今日の一日が入らなければ、新薬投与の時刻まで届かない。
颯弦は売店へ走り、腕時計を現金で売ろうとした。買取金で寿命を二分買うつもりだった。
《寿命購入は最低一日からです》
一日分の価格は、腕時計の百倍だった。
母から通話が来る。
『どうしたの。今日、遅いね』
「ゲートが混んでる」
『そう』
由布子は嘘だと気づいた顔をした。
『颯弦、明日は休みでしょう』
「うん」
『じゃあ、朝ごはん作って待ってる』
残量が二十三時間五十分になる。
颯弦はゲートへ額をつけた。
「今、ここにいる」
母はしばらく黙り、画面越しに手を上げた。颯弦も同じ位置へ手を重ねる。透明な扉は、寿命一日に二分足りない親子の間で開かなかった。
通話終了後、病院から通知が届く。
《明日の面会予約を受け付けました》
予約時刻は午前九時。
由布子の残量終了は、午前八時五十七分。
颯弦の方が一分長く生きる計算だった。
その一分を渡す方法は、どの決済画面にもなかった。