面接室の遠征トート
椎名早苗は転職面接の日、駅のコインロッカーがすべて埋まっているのを見て絶望した。
面接後、そのまま新幹線で仙台へ向かう。舞台の地方公演を観るため、足元には一泊分の荷物と、作品ロゴが大きく印刷された遠征トートがあった。黒い雨よけをかぶせれば無地に見えるはずだったが、面接室の椅子へ置いた拍子にずれ、金色の王冠が半分のぞいた。
面接官が視線を落とした。早苗はトートを抱え直す。
履歴書の趣味欄には「映画鑑賞」と書いた。舞台遠征と書けば、休みを取りたがる人、浪費する人と思われる気がしたからだ。
前の職場で一度だけ観劇の話をしたとき、「同じ人を何回も見るの?」と昼休み中笑われた。それ以来、好きな作品を聞かれても配信で見た映画の題名を借りて答えた。映画が嫌いなわけではない。ただ、自分の休日を安全な言葉へ翻訳する癖がついていた。
「計画を立ててやり遂げた経験を教えてください」
用意した業務改善の話が、緊張で飛んだ。代わりに頭へ浮かんだのは、全国六都市を回った昨年のツアーだった。発売日に交通費を比較し、仕事の繁忙期を避け、台風で止まった列車を二時間で組み替えた。
早苗は作品名を伏せたまま、「個人的な旅行で」と説明した。面接官は途中でトートを指す。
「その王冠の公演ですか」
逃げ道がなくなった。
「はい。舞台を観るための遠征です」
面接官は評価表へ何かを書いた。早苗は不採用の印だと思ったが、不思議と、映画鑑賞と答えたときより呼吸は楽だった。少なくとも今の一分だけは、借り物ではない自分で座っている。
「趣味そのものより、そこで何をしているかのほうが伝わりますね。今の話は具体的でした」
面接が終わり、早苗は駅へ戻った。新幹線の発車案内を見ながら、応募サイトに保存されている履歴書を開く。結果はまだ分からない。けれど、次の面接でも映画の陰に隠す理由はなかった。
趣味欄の「映画鑑賞」を削除する。
『舞台観劇・地方公演への遠征』
更新を押してから、遠征トートの雨よけを外した。金色の王冠を正面に向け、そのまま改札を通った。