音楽室の赤いランプ
音楽理論の追試が終わると、牧瀬戸乃愛の楽譜ファイルから小さなイヤホンが落ちた。
担当の乙部伶那先生が拾い、顔を曇らせる。
「試験中、これで解答を聞いていたのね」
乃愛は首を振った。イヤホンは自分のものではない。だが端末名には〈NOA〉と登録され、再生履歴には試験範囲の和音解説が並んでいた。
隣室で受験していた首席の生徒が証言した。
「先生、牧瀬戸さん、何度も髪を耳へかけていました」
音大附属高校の推薦を懸けた追試だった。乙部は、その場で失格届へ署名するよう求めた。
乃愛は音楽室の隅を指した。
「赤いランプ、まだ点いていますよね」
そこには演奏会配信用の固定カメラがあった。前日の合唱練習を記録するため、音楽科主任が朝から連続録画にしていた。教室内を広く映し、天井マイクも動いている。
映像を確認すると、追試開始前、乙部が乃愛の楽譜ファイルへイヤホンを入れていた。首席の生徒は廊下で見張り、乃愛が近づくと咳払いで知らせている。
さらに録音には、二人の会話が残っていた。
『これで推薦はあなたに決まる。機器名も変えた?』
『はい。再生履歴も昨日のうちに作りました』
乙部は青ざめた。
「指導用の確認だった。罠ではない」
音楽科主任がイヤホンの接続記録を開く。試験中、機器は一度も乃愛の端末へ接続されていない。最後に接続されたのは乙部のスマートフォンで、時刻は試験直前。端末の所有者情報も、設定を変える前のバックアップに乙部の名前で残っていた。
首席の生徒は泣きながら、先生に従っただけだと言った。
校長は推薦審査を停止し、乙部を授業から外した。乃愛の答案は別の教員二名が採点し、九十四点。追試合格だった。
乃愛は失格届を返した。
「先生、私が耳へ髪をかけた理由、分かりますか」
乙部は答えない。
「音をよく聴くためです」
音楽科主任がカメラ映像を正式な調査資料として保存し、推薦候補欄へ乃愛の名を戻した。
赤い録画ランプが消えた瞬間、音を仕組んだ者の声だけが、消せない証拠として残った。