餃子の底
波瑠佳は餃子を焼くのが下手だ。章惟がいれば、フライパンをひっくり返す役を任せられる。だが残業の夜にかぎって、冷蔵庫には包み終えた餃子が二十四個、整列している。
「先に食べて」と届いた画面を伏せ、波瑠佳は十二個だけ焼いた。水が多すぎたらしく、蓋を取っても皮が白い。強火にすると、今度は底だけ焦げた。皿へ移すと三つ破れ、肉汁が湯気になった。
一人で六個食べ、残りには網をかぶせた。時計は十時半。台所には韮と酢の匂いが濃く、窓を開ければ寒い。波瑠佳は換気扇だけ回し、章惟の分を焼くか迷った。焼きたてを食べさせたい。けれど帰宅してからでは、空腹の人をさらに待たせる。
結局、残り十二個を弱火で焼いた。今度は慎重すぎて、底が狐色になるまで十五分かかった。皿を電子レンジへ入れ、温め直しの秒数を考えていると、玄関が開いた。
「すごい、餃子の家だ」
章惟はネクタイを緩め、冷えた缶ビールを頬へ当てた。波瑠佳が失敗を説明すると、一個を裏返して眺める。
「この焦げたとこ、好き」
「慰めが雑」
二人で残りを食べた。最初の皿は冷め、二度目の皿はまだ温かい。章惟はどちらも同じ速さで箸を運び、破れた皮で酢醤油をぬぐった。
換気扇を止めると、部屋に静けさが戻った。韮の匂いは明日の朝まで残るだろう。波瑠佳はそれでいいと思った。待った夜の匂いが、起きたとき少し薄くなっている。その程度の消え方が、暮らしにはちょうどよかった。
章惟は洗い物を引き受け、フライパンの焦げを木べらでこすった。水を張ると、茶色い底からまだ小さく湯気が立つ。「次は俺が焼く」と言うので、波瑠佳は「次も遅いなら」と返した。責めたつもりはなく、章惟も謝らなかった。その代わり、冷蔵庫に貼った予定表へ、来週の早帰りの日を丸で囲んだ。濡れた皿の上で蛍光灯が揺れる。二十四個あった餃子は一つも残らず、皿には酢醤油の酸っぱい香りだけが薄く残った。