骨壺を載せない椅子
通夜には、参列者より一脚多く椅子を並べる。
余分な椅子へ故人の物を載せてはいけない。置けるのは、生きている者が現在使っている物だけである。火葬後、故人について最も少なく話した者が椅子を持ち帰る。座ることも捨てることも禁止。椅子が一度だけ自分で鳴った翌朝、ようやく手放せる。
久留島は、父の通夜でほとんど口を開かなかった。
親戚は昔話をし、妹は最期の一週間を語った。久留島には話せることがなかった。十二年前、父と同じ工場を辞めて町を出た。父は「戻るな」と言い、久留島はその言葉を守った。病気の連絡にも、仕事を理由に帰らなかった。通夜の席で久留島は、父の手が油で黒かったことだけを思い出した。棺の手はきれいに拭かれ、指の節へ薄い綿が詰められていた。
火葬場から戻ると、余分な椅子が久留島の前に置かれた。骨壺より重く感じたが、誰も手伝わなかった。
ワンルームへ運ぶと、椅子はどこに置いても邪魔だった。ベッド脇では通路を塞ぎ、台所では冷蔵庫が開かない。久留島は座面へ自分の鞄を置いた。翌日は安全靴、その次は脱いだ上着。すべて生きている自分の物だった。父から最後に届いた留守番電話も、自分の携帯電話に入っているから置いてよいはずだった。再生せず座面へ載せてみたが、椅子は沈みもしなかった。画面には十三秒の録音時間だけが光った。再生ボタンへ触れると、椅子の脚が床を一度こすったが、音声が始まる前に元の位置へ戻った。
椅子は鳴らなかった。
会社では夜勤が増えた。工場は違っても、父と同じ油の匂いがした。久留島は帰宅するたび椅子へ一日のことを話した。昇給がなかったこと。後輩が辞めたこと。父の葬儀休暇を、上司が欠勤と書いたこと。返事はない。
一か月後、久留島は転職届を出した。父の町にある小さな整備工場だった。帰宅後、今使っている黄色いヘルメットを椅子へ置き、「今度は、戻る」と言った。
椅子が一度だけ、短く鳴った。
翌朝、寄付先へ運ぼうとして座面を上げると、木の裏に薄い定期券が埋まっていた。父が若いころ使っていた区間で、期限欄には久留島が町を出た日の翌日が打たれている。定期券の端には、新しい油が一滴だけ、まだ丸く光っていた。