魔力油の無人売店

砂漠都市の灯りは、夜になるとカシアンへ小銭を運んでくる。

街道沿いの無人売店には、青、黄、白の三本の樽がある。風車が回るたび、樽の中で月砂と獣脂と魔晶粉が混ざり、用途に合った魔力油になる。旅人が瓶を置けば必要量だけ注がれ、代金は転送箱へ消える。空になった樽は地下槽から自動で満ちるため、カシアンが砂丘の家を離れる必要はない。

昔の彼は、王都灯火局の夜間班だった。焦げ茶の制服は肩の革が焼け、袖には煤が染みついている。強風でも雷でも、街灯が一つ消えれば走らされた。退職後も、腕輪端末には『南区消灯』『人員不足』『即応せよ』が未読の赤で残っていた。

日暮れ、転送箱が柔らかく光る。

《本日の販売代金を受領。維持費差引後、残額を送金しました》

王都の給料ほどではない。だが命綱を腰へ巻き、塔へ登る代金も含まれていない。カシアンはその差を、安いとは思わなかった。

星が一つ出たところで、腕輪が激しく震えた。元班長だった。

『西門の灯列が半分落ちた。新人では直せん。夜行馬車が来る前に戻れ』

「戻りません」

『事故が起きたらどうする』

「予備油と修理手順を残しました。人を育てなかった責任まで、退職者へ運ばないでください」

『お前は灯りを守る仕事に誇りがあっただろう』

「ありました。だから、私一人が倒れれば消える仕組みを嫌ったんです」

通話を終えると、無人売店から販売完了の小さな光がまた届いた。旅人のランタンが遠い街道で一つ灯る。

売店を開いたばかりの夜、遠い王都の空が暗いと聞き、カシアンは荷をまとめかけた。だが翌朝、消えた灯列は別の班が直していた。自分が行かなくても朝は来る。その事実は寂しさではなく、救いだった。彼は油の配合と補修法を公開し、誰でも扱えるようにした。英雄的な一人が塔へ登るより、十人が安全に直せるほうがよい。そう説明しても元班長は理解しなかったが、街道の灯りは毎晩きちんと増えている。

カシアンは腕輪の電源を落とし、屋上へ薄い敷物を広げた。今夜は灯りを直すのではなく、暗い空を眺めるために横になった。