魔獣が伏せる声
ロミナが歌うと、魔獣は眠った。
美しい歌ではない。喉の奥で低く唸り、時には歯を鳴らし、時には息だけを漏らす。仲間には奇妙な鼻歌にしか聞こえなかった。
戦闘へ加わらない彼女の貢献は1%。隊長ダグナは、伏せた牙狼の前で胸を張った。
「獣が怯えているのは俺の威圧だ。歌い手は不要だ」
ロミナは牙狼の耳へ触れ、隊を離れた。去り際、餌ではなく恐怖で従わせれば、いつか背を向けられると告げた。
次の洞窟で、ダグナは鞭を鳴らして騎獣を進ませた。入口では従っていた獣たちが、奥の匂いを嗅いだ途端に伏せた。隊長は反抗と決めつけ、さらに鞭を振るう。
牙狼が振り返った。
噛みついたのは魔物ではなく、鞭を持つ腕だった。騎獣が暴れ、荷車が崩れ、洞窟の奥にいた岩熊まで怒りの声へ引き寄せられる。
採取隊の案内として近くへ来ていたロミナは、その咆哮を聞いた。彼女は武器を持たず、騒ぎの中央へ歩いた。
喉を鳴らす。
牙狼が耳を伏せる。
息を短く吐く。
岩熊が足を止める。
ロミナの声は命令ではなかった。ここに敵はいない、逃げ道はある、子を奪わないと、それぞれの獣へ伝えていた。彼女が岩壁の裏を示すと、そこには岩熊の幼獣が震えていた。
仲間が道を空けると、岩熊は子を連れて去った。牙狼たちも鞭から離れ、ロミナの後ろへ並んだ。
仲間のひとりが、これまで騎獣が崩れた橋の前で急に止まったことを思い出した。臆病だと蹴ったあの行動も、ロミナが聞き取った警告だった。獣は従っていたのではない。危険を伝え、隊と共に歩こうとしていた。彼らは初めて牙狼へ謝った。
帰還したダグナは、獣を支配できる力を寄越せと迫った。ロミナは首を振る。
「支配しか考えない人には、何を言っているか聞こえません」
使役腕輪が遠征記録を読み直した。戦わずに退いた魔獣、騎獣が避けた崩落、縄を切らなかった夜。そこには彼女と獣の対話があった。
《生物連携・真正算定》
申告値:1% → 真値:99%
働き順位:首位 ロミナ
役割更新:獣世話係 → 生物交渉官
旧隊長ダグナ:魔獣接近許可待ち