鰯を丸める日曜日

 日曜の朝、大家の茂が発泡スチロールの箱を抱えて、篠ノ井恒一の部屋を訪ねた。

「釣り仲間から鰯を押しつけられた。手を貸せ」

「魚、触れません」

「俺も腰が曲がって、長く立てん」

 二人は欠点を持ち寄ることになった。

 恒一は中学生の娘と二人暮らしだ。最近、娘は部活と友人の予定で忙しく、休日も家にいない。子育てが楽になったはずなのに、静かな台所へ立つと、役目を返されたような寂しさがあった。

 茂は妻を亡くしてから、魚を捌くのをやめていた。教わった手順を一人で繰り返すと、台所に妻の不在ばかり増えるからだという。

 新聞紙を敷き、鰯の頭と内臓を取る。恒一は最初こそ顔をしかめたが、三尾目には指で骨を抜けるようになった。

 身を包丁で叩き、味噌、生姜、葱、片栗粉を混ぜる。

「娘が小さい頃、団子を丸めさせたな」

「今もやらせりゃいい」

「嫌がりますよ」

「嫌がられるのも親の仕事だ」

 鍋では昆布出汁が静かに湧いていた。二人で丸めたつみれを落とすと、底へ沈み、火が通るにつれてゆっくり浮かんでくる。大根と人参を加え、醤油で味を整えた。

 湯気には生姜と海の匂いが混じっていた。

 味見をしているところへ、娘の結菜が帰ってきた。

「部活、午後からになった」

 鍋を覗き、「何これ」と言う。

「大家さんと作った」

「お父さんが魚?」

 驚かれたことが少し嬉しくて、恒一は得意げに椀を出した。

 三人で食べると、つみれは不揃いで、茂の大きなものだけ中心が少し柔らかかった。大根には魚の旨味が染み、生姜の辛さが鼻を抜ける。恒一は気づかぬうちに椀の汁まで飲み干していた。

「次は私が丸める」

 結菜が言う。

「嫌じゃないのか」

「お父さんより上手そうだから」

 茂が声を立てて笑った。

 食後、娘は友人へ連絡し、午後の予定を少し遅らせた。恒一は残った汁へうどんを入れる相談をする。

 窓には冬の日が差し、鍋からはまだ生姜の湯気が上がっていた。誰かの役目が終わっても、日曜日の食卓には、また新しい手順が増えていくのだった。