黄色いコーンを置く

土岐瑞羽は、退職届の控えを安全書類のファイルにはさんでいた。

建設会社の現場事務所で、佐原巴はそれを見つけた。退職を隠す場所としては不用心だったが、瑞羽は「いちばん毎日見るから」と言った。

瑞羽が辞める理由は、仮設通路の手すりが低いと何度書いても直されなかったことだった。巴は、だからこそ残って直させるべきだと思った。瑞羽には巴が会社に飼いならされて見え、巴には瑞羽が現場を置いて逃げるように見えた。

最終出勤の三日前、朝礼前に資材トラックが入ってきた。前夜の雨で西側の地面が沈み、搬入口の端には細い亀裂が走っている。現場監督は予定どおり進めると言った。今日止めれば、コンクリート打設が一日ずれる。

「記録写真だけ撮って。車は通す」

瑞羽はカメラを下ろさなかった。巴は工程表を見た。遅延の連絡、職人の再手配、発注先への説明。止めた後の仕事は、残る自分に降ってくる。

トラックの後退音が近づいた。

瑞羽が黄色いコーンを一つ持って走った。監督が名前を呼ぶ。巴は一秒だけ工程表を閉じ、それから反対側のコーンを抱えた。

二人は亀裂の手前へ並べた。一本では運転手が避けて通る。二本で幅をふさぎ、間に立入禁止のバーを渡した。

「責任取れるのか」

監督の声に、瑞羽は答えようとした。巴が先に作業中止票を差し出す。

「発見者は土岐、確認者は私です。地盤確認が終わるまで搬入停止」

瑞羽は巴を見た。礼は言わなかった。巴も「あなたのためじゃない」とは言わなかった。運転手がブレーキを踏み、巨大な車体がコーンの前で止まった。

地盤担当が来るまで、二人は雨水を逃がす溝を掘った。瑞羽は深く一気に掘り、巴は勾配を測りながら浅くつないだ。方法は違ったが、水は同じ方向へ流れた。

昼過ぎ、亀裂の下に空洞が見つかった。監督は何も言わず、工程変更の判を押した。

瑞羽は安全ファイルから退職届の控えを抜き、代わりに今日の写真を入れた。巴はコーンの泥を拭き、二本とも倉庫へ戻さず、亀裂の前へ置いたままにした。