『冷蔵庫の原価表』
開店前の朝礼で、店長は厨房の壁に契約終了者の一覧を貼った。
一番上に、仕込み担当の名があった。理由は原価率の悪化。店長は、先月辞めた在庫担当が数字をずさんに管理し、その後始末を任された仕込み担当も改善できなかったと説明した。
「今月で終わりだ。異議は面談で聞く」
仕込み担当が口を開く前に、本部の巡回員がノートパソコンをカウンターへ置いた。
「退職した在庫担当が、冷蔵庫の共有端末にファイルを残しています」
ファイル名は「捨てる前の原価表.xlsx」。店長は顔をしかめた。
「あいつの表が間違っていたから赤字になったんです」
画面には、食材ごとの仕入れ値と使用量が並んでいた。表面上、肉と油の使用量が異常に多い。店長はそこを指し、仕込み担当の計量ミスだと言った。
巡回員は版履歴を開いた。退職者が最終出勤日に保存した版では、原価率は基準内だった。数字が跳ね上がったのは翌日の午前四時十一分。店長のアカウントが、肉の単価を二倍、廃棄量を三倍に書き換えている。
「早朝に棚卸しをやり直しただけです」
「午前四時十一分、この店は警備中です」
入退店記録によれば、店長の入店は六時二分。仕込み担当は五時五十分だった。店長は自宅から入力したと主張したが、ファイルは店内端末からしか更新できない設定だった。
退職者のファイルには、冷蔵庫脇の端末を予約起動する手順も保存されていた。設定したのは店長。前夜の閉店後、翌朝四時に自動起動し、自分が用意した置換処理を実行するよう登録している。
店長は「損失を見える化しただけ」と言い換えた。
巡回員が隠し列を表示した。そこには、実際の納品数と請求数の差が記録されていた。毎週、請求だけされた高級食材が店には届いていない。発注承認者は店長で、納入会社の連絡先は店長の私用メールと一致していた。
退職者は不正に気づき、原価表を守ろうとして辞めさせられたのだ。
巡回員は壁の一覧を剝がした。
「契約終了は撤回します」
仕込み担当が息をつく。巡回員は一覧を裏返し、白い面に一行だけ書いた。
「本日、開店前に職務を解かれるのは店長です」