『三十二枚目の印刷』
査定面談の机には、門脇理人の昇格資料と、焦げ茶色の企画書が並んでいた。工場見学を子ども向け科学教室に変える案で、利益予測まで精密だ。
「すべて自分で組み立てました」
門脇は断言した。
面談官の埴生孝臣は、同席する若手の井守涼を見た。井守は発言を求めたが、門脇が先に遮った。
「彼は図表を整えただけです。最近は成果を自分のものにしたがる若手が多い」
埴生は企画書の三十二ページ目を開いた。そこだけ紙質がわずかに違う。
「このページを印刷したのは誰ですか」
「私です。全ページ、昨日まとめて」
埴生が複合機の管理画面を投影した。昨日、門脇が出力したのは一ページから三十一ページまで。三十二枚目は一か月前、井守の社員証で印刷されていた。しかも「機密印刷」の設定で、本人が複合機前に立たなければ出てこない。
門脇は肩をすくめた。
「彼から紙でもらった。共同作業の証拠でしょう」
「では、なぜその直後にスキャンしたのですか」
別の履歴が出る。一か月前の二十一時六分、門脇が一枚だけ読み取り、自分のクラウドへ送信していた。スキャン画像は三十二ページ目で、端に井守の手書きメモが写っている。メモの数字は企画書本文の収支表へそのまま転記され、門脇が自作だと主張した計算ミスまで同じ位置に残っていた。井守だけが、その誤差の理由を説明できた。翌朝、門脇は井守の共有フォルダへ初めてアクセスし、残り三十一ページをコピーしていた。
井守が小さく息を吐いた。
「三十二ページ目は、私が工場長へ見せるため先に印刷した収支表です。門脇さんに貸した覚えはありません」
門脇は埴生へ身を乗り出した。
「部下の資料を確認するのは上司の仕事です」
「確認なら、作成者名を削除する必要はない」
埴生は昇格資料を閉じ、井守の前へ企画書を置いた。
「門脇さんの課長昇格は見送ります。井守さんを企画責任者に変更し、次回の主任査定へ推薦します」