『星三つの夜勤』
水門ホテルの契約更新面談で、馬渡芙実は新しい契約書を伏せられたまま待っていた。
夜勤専任として四年。宿泊客アンケートは高評価だったはずなのに、今期の接客評価は五段階の二。支配人の春日井衛は「苦情が三件あった」と言い、更新するなら時給を下げる条件を示した。
「苦情の内容を見せてください」
「個人情報だから無理だ」
同席した本部人事が、匿名化した三件を画面に出した。〈笑顔がない〉〈案内が遅い〉〈深夜の電話対応が雑〉。投稿日時は同じ日の午前二時十四分、二時十六分、二時十八分だった。
芙実は勤務表を見た。「その日は休館日です」
春日井は「予約変更の電話だ」と言い換えた。
本部人事が電話交換機の履歴を照合する。午前零時から六時まで着信はゼロ。ホテルの予約システムも保守停止中だった。一方、三件のアンケートはすべて館内管理端末から送信されている。端末へのログインは春日井の社員証。送信直前には、芙実の評価表が四・七から二・〇へ変更されていた。
「テスト投稿だ。削除するつもりだった」
「その三件を根拠に、人件費削減案を本部へ送りましたね」
人事がメールを開く。CCには経理部が入り、〈馬渡を低単価契約へ変更すれば年間六十万円削減〉とある。添付資料の更新時刻は、アンケート送信の四分後だった。
本部人事は実際の宿泊客アンケートも表示した。芙実への自由記述は三十四件、すべて星四以上で、外国語対応への感謝が並んでいる。春日井は評価表へ取り込む際、その三十四件を〈対象外〉にし、自分で送った三件だけを有効にしていた。選別操作の履歴にも彼の名があった。
春日井は「経営判断だ」と言った。
芙実は何も言わず、夜勤で使う小さな鍵束を机に置いた。更新されないなら返すつもりで持ってきたものだった。
本部人事は鍵束を芙実へ押し戻し、伏せていた契約書を開いた。時給欄の減額された数字へ二本線を引き、前年より高い金額を書き込む。
「原評価四・七で更新します。夜勤責任者への昇格も再審査します」
そして春日井の管理端末権限を停止した。
三つの偽の星が消え、芙実の四年間がようやく正しい明るさへ戻った。