あと一キロだけ

亜沙美は、褒めるとすぐ油断する。

一緒にランニングを始めたころ、彼女は三キロで歩いた。私は隣で「あと一キロだけ」と励まし、止まりそうになるたび背中を押した。半年後には十キロ走れるようになったが、本人はまだ自信がないと言う。だから記録アプリの表示は私が管理し、実際より少し遅いタイムを見せていた。

満足して伸びなくなるのを防ぐためだ。

大会前、亜沙美が水を飲もうとすると、私はボトルを一度振ってから渡した。スポーツドリンクは薄いほうが胃に優しい。彼女の分だけ透明なのは、水分量を正確に調整しているからだった。

もう一つ、ゴール後の写真では、私は必ず亜沙美を一歩後ろに立たせた。遠近法で脚が細く見えると教えると、彼女は笑って従った。

SNSでは私たちは「励まし合う親友」として少し知られていた。投稿するたび、〈亜沙美ちゃん、すごく速くなった〉というコメントが増えた。私はすぐ、〈まだ私が引っ張らないと危ないけどね〉と返した。事実だ。彼女は私がいなければ、ペースも食事も決められない。

初めてのハーフマラソン当日、亜沙美は十五キロ地点で倒れた。

病院で、医師は低血糖と脱水だと言った。私は前夜に食べすぎたせいだと説明した。彼女が食べたパスタは、私が量を半分にした。体が重くならないように。給水所でも、目標タイムを守るため二か所飛ばした。

亜沙美はベッドから私を見た。

「私の記録、見せて」

仕方なく端末を渡すと、彼女は過去のデータを同期した。腕時計には、私が隠していた実測値が残っていた。先月から、亜沙美は毎回私より速かった。

「だから最近、距離を一キロずつ増やしたの?」

私は否定した。成長していたから負荷を上げただけだ。写真の位置も、コメントも、全部彼女のためだった。

退院後、亜沙美は一人で別の大会へ申し込んだ。私は傷ついたが、「無理しないで」とメッセージを送った。

既読はつかないまま、彼女の記録アプリだけが公開された。

最初の練習日から、私が止めるたび時計は動き続けていた。