ありがとうの督促

古賀井沙月は、移植された心臓へ毎月感謝を示さなければならなかった。

臓器提供制度では、受給者の「感謝維持点」が医療費補助を左右する。提供者の写真を見て、遺族へ近況を語り、命を大切にする決意を述べる。八十点未満が三回続けば、免疫抑制薬の補助が減る。

沙月は模範患者だった。

「いただいた命で、一日一日を大切に生きます」

画面の向こうで、提供者の母・多喜子がうなずく。AIは感謝九十二と表示した。

だが沙月は、心臓を受け取ってから怒れなくなった。仕事を辞めたくても「生かされたのに贅沢」と思い、恋人と別れたくても「幸せに生きる義務」が邪魔をした。脂の多い料理を食べれば、知らない青年へ謝った。自分の一日は、いつも誰かの遺品だった。

移植五年目の面談で、多喜子が突然言った。

「その言い方、もうやめませんか」

沙月は息をのんだ。

多喜子も毎月、遺族側の「提供肯定点」を測られていた。息子の死に意味を見いだし、提供を後悔していないと示せば支援金が出る。彼女は五年間、立派な母を演じていた。

「本当は、あなたが元気だと嬉しい日も、腹が立つ日もあるの。息子は戻らないのにって」

「私は、生きているのが嫌な日があります」

二人が本音を言うと、感謝は三十一、提供肯定は二十六まで落ちた。翌月から補助金も支援金も減った。

それでも二人は、採点面談のあとに会うようになった。提供者の好物だった健康的な魚ではなく、駅前の濃いラーメンを食べた。沙月は転職し、恋人とも別れた。多喜子は息子の部屋を片づけた。

補助が減った分、沙月は残業を増やし、多喜子は古い家を売った。自由は美談ほど軽くなかった。それでも月末の面談が近づいても、二人はもう言葉を練習しなかった。

一年後、制度への異議申立ての日、沙月は記者に尋ねられた。

「提供者へ感謝していますか」

「しています。でも、感謝は私の人生の家賃ではありません」

AIは回答を採点不能とした。

胸の中で心臓が強く打った。それが誰のものだったか、沙月はその瞬間だけ考えなかった。