おはよう、七号室

「おはようございます」と言った看護師の手には、夕食の匂いが残っていた。

七号室の患者が急変したのは、時計が七時を指した直後だった。点滴の袋には、本来入っていない薬剤が混じっていた。病棟のブラインドは閉じられ、廊下の照明は夜間用に落とされていた。

交代したばかりの看護師たちは、互いに「おはよう」と声を掛け、紙コップのコーヒーを配っていた。配膳車には食べ終えた皿が積まれ、オレンジの皮が一枚、床へ落ちていた。刑事には、朝食を終えた病棟に見えた。

薬剤庫へ入った記録があるのは、主任看護師と研修中の職員だけ。研修職員は午前七時には駅前の講習会に参加しており、受付写真にも写っている。主任は七号室の患者から医療事故の告発を受けていたため、動機を疑われた。

点滴台には研修用の黄色いテープが一片残っていた。主任の器材は青、研修職員の器材は黄色と決められている。研修職員は前日の実習で付いたものだと言い、講習会の写真を何度も指した。

だが主任は、薬剤庫を開けたのは前日の午後六時五十分で、補充のためだったと言った。端末の履歴は「18:50」。急変が朝七時なら、袋が病室へ運ばれるまで十二時間もある。その間に多くの人が触れていた。

刑事は配膳車の献立表を見た。焼き魚ではなく、煮込みと果物。日付の横には「夕」と小さく印刷されている。床のオレンジ皮も、朝食のものではなかった。

さらに、交代表には「夜勤入り 19:00」とあった。病棟では勤務を始める者同士、時刻に関係なく最初の挨拶を「おはよう」と言う。ブラインドが閉じていたのは、西日のまぶしさを避けるためだった。

七号室の時計は十二時間表示。患者が急変した七時は、午前ではなく午後七時だった。

駅前講習会の写真は朝のもの。研修職員には夕方のアリバイがない。しかも端末履歴には、彼の研修用カードが十八時五十八分に薬剤庫へ入った記録が残っていた。

刑事がカードを置くと、病棟にまた「おはようございます」が響いた。

それは朝の挨拶ではない。七号室にとって、一日が二度と始まらなくなった時刻を告げる声だった。