しおりの裏の欠席届

小鳥遊芹は働きながら夜間の簿記講座へ通っている。中古で買った問題集を教室に置き忘れ、翌週開くと、欠席した範囲にだけ鉛筆の書き込みが増えていた。

〈ここは例題二だけ〉〈この表は後回し〉。答えそのものは一つもなく、追いつくための道順だけが記されている。

芹が資格を取ろうと思ったのは、契約更新の面談で「代わりはいる」と言われたからだった。講座を一度休むだけでも置いていかれる気がして、母親の手術日にも教室へ来ようとしたことがある。その時、笹森が「欠席は借金じゃない」と止めた。なのに今度は彼の家庭事情を知りながら、芹は何も聞かず夜勤を代わった。互いに助けたことを数えない関係が、いつの間にか出来ていた。

触れられたのは講師の甲斐、隣席の笹森、校内販売を担当する早乙女の三人だった。

手掛かりは三つ。「減価償却」を毎回「原価償却」と書いてから直す癖。指定された頁が、配信動画の停止時刻と一致すること。そして栞の裏に、芹が先月代わったコンビニ夜勤の日付があった。

甲斐は「教えるならもっと字が読める」と笑い、早乙女は販売本へ触れる時は手袋をする。笹森だけが問題集を開かずに頁番号を言えた。芹がわざと違う範囲を尋ねると、彼は反射的に正しい動画の時刻まで答え、それから失敗した顔をした。

授業後、芹は笹森へ栞を返した。

「原価償却さん」

笹森は机へ額をつけた。母親の入院で急に休んだ夜、芹は事情を聞かず彼の勤務を引き受けた。お礼をしたかったが、彼には別の秘密があった。

「この試験、去年落ちてる。初めて受けるふりしてた」

一度失敗した自分が教えるのは格好悪いと思い、名乗らずに書いたという。

芹は問題集をめくった。鉛筆の道順は、失敗した人にしか分からない近道だった。

「じゃあ、去年の受験料分まで教えてもらおうかな」

「利子、高くない?」

「夜勤一回分です」

二人は駅前のベンチで、自販機のココアを飲みながら例題を解いた。笹森がまた「原価」と書き、芹が無言で消しゴムを差し出す。

甘い湯気の向こうで、彼がやっと笑った。

「次は、一緒に間違えよう」

芹は缶を一口傾けた。

「その次は、一緒に受かろう」