ねぎ抜きの四つ葉

雨の夜、璃子が駅前のラーメン店で頼んだのは餃子だけだった。閉店間際で、財布にも時間にも余裕がない。ところが店主の鳥飼は、半分の量の雲吞麺をカウンターに置いた。

「それ、私じゃありません」

「席は合ってます」

店内にいるのは、配達待ちの呉、厨房を手伝う柴垣、そして鳥飼。三人とも璃子の顔を知っている。とくに柴垣とは、先月、駅で迷子になった彼女の娘と一緒に母親を待った縁があった。

丼には葱が一本もない。五つの雲吞のうち一つだけ、端が四つに折られている。伝票には金額でなく「従食」と印字されていた。

璃子が柴垣を見ると、彼女は洗ったコップを必要以上に磨き始めた。

「娘さんが包んだんですね、四つ葉」

柴垣はため息をついた。従業員には一勤務につき一食、半量のまかないが出る。今日は食べずに持ち帰るつもりだったが、娘が「雨の日のお姉さんに」と雲吞を一つ包んだ。璃子が葱をよけていたことまで覚えていた。

「直接お礼を言うと、あの子、また泣くから。迷子だったって思い出すのが恥ずかしいみたいで」

店の奥の小窓から、小さな目が二つのぞいた。璃子が手を振ると、さっと隠れる。

呉は無関係だったが、「犯人捜しなら俺も疑われたかった」と笑い、鳥飼に追い払われた。

迷子の夜、璃子は特別なことをしたつもりはなかった。自分も子どもの頃、母を見失った駅で、知らない売店員に手を握ってもらった。その手の温度だけを今も覚えている。親切は名前を残さなくても、別の人の手へ移っていくのかもしれない。柴垣の娘が小窓の向こうで息を殺している気配に、璃子は大げさに驚かず、いつもの客のように箸を持った。

丼の白い縁には雨粒が一つ落ち、柴垣が慌てて布巾を差し出した。璃子はそのままでいいと笑った。雨の日にもらったものには、少しくらい雨が残っている方が似合う。

璃子は四つ葉の雲吞を最後に残した。皮の中には生姜の利いた鶏肉が詰まり、噛むと熱い汁がほどけた。

小窓の向こうへ聞こえるように言う。

「ちゃんと、幸運の味がするよ」