やさしい家計簿
母は、私の初任給を一円残らず取った。
だから逃げたあと、朋世姉ちゃんが家計を管理してくれると言ったとき、私は安心した。通帳も印鑑も預けた。数字を見ると母の声を思い出す私に代わり、姉ちゃんが全部やってくれる。財布には千円札を一枚だけ入れてもらい、足りなくなれば用途を説明して追加してもらった。歯磨き粉を替えたいと言ったときも、まず今の残量を写真に撮った。
冷蔵庫には家計簿が貼られた。食費、光熱費、治療費。私がコンビニで三百円使うと、レシートを撮って送る決まりだった。帰宅すると、姉ちゃんは赤ペンで「要相談」と書いた。
「責めてるんじゃないよ。うららがお金で傷つかないようにしてるの」
私は謝った。謝ると、姉ちゃんは必ず頭を撫でた。母に金を渡したときと同じように、正しいことをした気分になれた。
会社で昼食を買えない日が続き、同僚が相談窓口を教えてくれた。担当者に家計簿を見せると、治療費の欄だけ毎月九万円あるのに、領収書が一枚もないと指摘された。
「お姉さんの治療ですか」
「私のだと思います」
でも私は病院へ行っていなかった。担当者は、共同生活でも本人の収入を本人が自由に使えない状態は支援ではない、と静かに言った。
その夜、姉ちゃんが風呂に入っている間に、初めて通帳アプリを開いた。暗証番号は私の誕生日ではなく、姉ちゃんの誕生日だった。
給与日に二十万円が入り、翌朝十九万円が別口座へ移されている。摘要には〈保護費〉。逃げた直後に自治体から振り込まれた支援金も、同じ口座へ消えていた。
問いただすと、姉ちゃんは泣いた。
「私は仕事を辞めて、うららを守ったんだよ。その分くらい当然でしょう」
母も同じように泣いた。育てるのにいくらかかったと思っているの、と。
私は通帳と印鑑を鞄へ入れた。姉ちゃんは玄関を塞ぎ、「今出たら、また搾取される」と言った。
「もうされたよ」
そう答えると、姉ちゃんは赤ペンを握りしめたまま動かなかった。
翌朝、家計簿の〈うらら・自由費〉はゼロになっていた。
その下に、姉ちゃんの字で〈裏切りの精算〉と書き足されていた。