オールを置く食卓
蓬莱朔也と荒木田央雅が最後に同じ物を持ったのは、大学の対校戦で使ったオールだった。次に二人で持ったのは、解体される艇庫から運び出した長い木のベンチだった。
「重いな」
「お前が端を持ちすぎてる」
ベンチは、壊れた競技艇の板を監督が継いで作ったものだった。央雅は最後のレース直前、艇へ乗れなくなった。水面を見ると息が詰まり、交代を申し出た。朔也は「四人の時間を一人で捨てるな」と言った。それ以来、央雅は川にも、朔也の結婚式にも来なかった。
監督が亡くなり、艇庫が売られることになった。二人はベンチを朔也の家へ運ぶ約束だけをしていた。監督の遺言には『座る奴がいる場所へ』とだけあり、誰の家とは書かれていなかった。朔也が名乗り出たのは、央雅が来ると聞いた後だった。
脚は腐りかけ、座面には無数の傷があった。庭へブルーシートを敷き、紙やすりをかける。央雅は木目に沿い、朔也は力任せに削った。
「逆だ。跡が残る」
「残ってる跡を消してる」
「全部消したら薄くなる」
央雅の言葉に、朔也の手が止まった。監督なら同じことを言っただろう。二人は深い傷だけを均し、浅い傷は残した。座面の裏には、当時の部員四人のイニシャルが彫られていた。央雅の文字だけ、途中で線が切れている。
塗料が乾くまで、縁側で弁当を食べた。朔也の妻は数年前に家を出て、今は一人暮らしだと、そのとき初めて知った。央雅も会社の寮を月末に出るが、行き先は決めていなかった。
夕方、二人はベンチを台所へ運び入れた。食卓には長すぎて、壁へぶつかった。朔也が片側の脚を少し切り、央雅が水平を見た。完全ではないが、座ると揺れなかった。
央雅が工具を片づけると、朔也は監督の古いマグカップを二つ、ベンチの前へ置いた。一つには自分の歯ブラシを、もう一つには何も入れなかった。
「納戸、空いてる」
「艇庫みたいに湿ってないか」
「確かめるなら、今夜寝ろ」
央雅は返事の代わりに、切れかけた自分のイニシャルをベンチの裏で一本だけ繋いだ。帰りの電車はまだあったが、上着を玄関の釘へ掛けたままにした。