ボタン売り切れ

鷺坂廉士の制服には、卒業式が終わった時点でボタンが一つも残っていなかった。

第一は演劇部の後輩、第三は同じ委員会の一年生、第四と第五は悪ふざけした男子に取られた。肝心の第二は、教室を出る前に誰かが持っていったらしい。

城崎未羽は校門の手前でその惨状を見つけ、笑った。

「人気者だね」

「ボタンだけな」

廉士は前を閉じられない制服を風にはためかせた。未羽は昨夜、第二ボタンをもらう言葉を三つ考えていたが、売り切れなら仕方ない。胸の奥で、都合よく諦める音がした。二年間同じクラスで、昼休みには毎日くだらない話をしたのに、卒業の日にだけ急に伝統へ頼ろうとした自分が恥ずかしかった。

「写真、撮ってくる」

離れようとすると、廉士が鞄から家庭科の裁縫箱を出した。

「待って。今つける」

廉士は家庭科部でもないのに、三年の選択授業で未羽より縫い目が上手かった。取れたシャツのボタンを直してくれたこともある。そのたび「貸し一つ」と言い、結局一度も取り立てなかった。

透明なケースには、色も大きさも違うボタンが十個ほど入っている。星形、木製、真っ赤なもの。未羽が吹き出した。

「どれが第二?」

「未羽が選んで」

「卒業式の伝統、急に工作になるじゃん」

「本物は、朝から外してある」

廉士は裁縫箱の底を開けた。布の切れ端に包まれていたのは、少し傷のついた黒いボタンだった。

「取られたって言ったの、嘘?」

「第二だけ守るために、ほかを全部おとりにした」

あまりに計画が馬鹿らしくて、未羽は笑いながら泣いた。

廉士は真顔で続けた。

「でも、渡す相手が来なかったら、自分でまた縫う予定だった」

「誰に?」

「いま笑ってる人」

校門前から、集合写真のカウントが聞こえた。未羽は黒いボタンを受け取り、代わりに星形の黄色いボタンを廉士の胸へ縫いつけた。

写真の中央で、廉士の制服には一つだけ派手な星が光っている。

未羽は写真のあと、余った赤いボタンも自分のポケットへ入れた。

「それも持ってくの?」

「貸し二つ分」

「何を返せばいい?」

未羽は第二ボタンを掲げた。

「四月に会う。五月にも会う。それで一つずつ」

廉士の胸の星が、うなずくたびに上下した。

数年後、その写真を見るたび、未羽は思う。あの日いちばん目立っていたのは、人気者ではなく、売り切れを装った臆病者だった。