モノラルの部屋

戸崎紗絵が借りようとしている部屋は、二十四平方メートルだった。

一人なら十分。二人なら少し狭い。恋人は「いずれ一緒に」と言いながら、申込期限が来ても返事をしなかった。内見の日も仕事を理由に来ず、送った間取り図には、親指を立てた印だけ返ってきた。紗絵は不動産会社の画面を閉じ、期限の夜に「モノラル岬」へ入った。

買うつもりはなかった。棚から抜いたのは、古いジャズのモノラル盤だ。ジャケットの演奏者は一人、椅子に座ってクラリネットを持っている。

「モノラルって、片方のスピーカーしか鳴らないんですか」

店主は首を横へ振り、二台のスピーカーの中央へ小さな切替器を置いた。ステレオ設定では、擦れた音が左右に不自然に揺れた。モノラルへ切り替えると、音は真ん中に集まった。狭くなったのではない。輪郭が定まり、クラリネットがそこに立った。

紗絵はスマートフォンで部屋の間取りを開いた。

ベッド一台。小さな机。窓辺に植物を置ける幅。料理をほとんどしない紗絵には、二口コンロも少し贅沢だった。恋人の机を想定して空けていた壁に、本棚を置けばいいと思った。

曲が終わり、店主は盤を新しい内袋へ替えた。袋の中央にある丸い穴を、ラベルとずれないよう合わせる。次にジャケットへ収め、背表紙が読める向きへ揃えた。何かを足すのではなく、一枚の盤が一枚として収まるようにする所作だった。

「二人で聴くなら、ステレオのほうがいいですか」

紗絵は冗談めかして尋ねた。

店主は値札を読み取りながら答えた。

「この録音は、何人で聴いてもモノラルです」

紗絵は笑った。正しすぎて、慰めにならない返事だった。

会計を済ませ、申込画面をもう一度開く。入居人数の欄には「一名」とある。そこを二名に変えられる日を待っていたが、一名のままでも嘘ではない。一人で決めることは、二人になる未来を拒むことでもなかった。

紗絵は電子署名欄に自分の名前を書いた。

申込ボタンを押すと、確認画面の中央に、一人分の部屋がきれいに収まった。