ラスボスの名前
新作ゲームの発表配信で、飯塚征矢プロデューサーは「世界観から戦闘まで私が設計しました」と語った。
画面の向こうでは十万人が見ている。宇佐見璃都は舞台袖で、緊急時の操作要員としてコントローラーを持っていた。企画を持ち込んだのも、百八十体の敵に固有の行動を与えたのも璃都だが、スタッフ紹介では「進行補佐」に変えられていた。
販売元の鳥居詩織が、配信中に予定外の質問をした。
「ラスボスが、プレイヤーの名前を呼ばないのはなぜですか」
飯塚は笑った。
「没入感を損なわないためです」
「逆です。名前を呼ばないから没入できる。その理由を聞いています」
飯塚の笑顔が固まった。
璃都はマイクを渡され、答えた。ラスボスは過去の選択をすべて記憶するが、プレイヤーを一つの名前へ固定しない。善人にも裏切り者にもなれる存在を、最後まで定義しないためだ。だからラスボスは名前の代わりに、プレイヤーが最初に拾った道具で呼ぶ。
配信コメントが一気に流れた。鳥居は満足そうに頷く。
飯塚は肩をすくめた。
「私のコンセプトを、宇佐見がうまく言語化しただけです」
鳥居は大型画面へ開発履歴を出した。最初の企画ファイル、設定文、試作コードの作成者はすべて璃都。飯塚が初めて更新したのは、発表資料の役職欄だった。しかも配信前夜の一回だけで、ゲーム本体には触れていない。
「弊社が三年前に契約したのは、この企画を書いた宇佐見さんです。飯塚さんの説明を買った覚えはありません」
さらに、続編と海外展開を含む追加契約の条件が映し出された。
「宇佐見璃都をゲームディレクターとすること。飯塚さんが制作判断へ関与する場合、契約金は支払いません」
配信中の社長は逃げられなかった。その場で璃都へ向き直る。
「ディレクター就任を受けてほしい」
璃都が頷くと、鳥居は未公開だったエンディング映像を再生した。黒い画面に最初に現れた名前は、飯塚が消したはずの「GAME DIRECTOR 宇佐見璃都」だった。十万人の視聴者が、それを同時に目撃した。