一か月だけの転入欄
転入体験プログラムの申込書には、「参加の目的を二百字以内で」とあった。
季帆は一行も書けなかった。
故郷に帰りたい理由なら、いくつも挙げられる。山の匂い。夏でも冷たい水道水。駅に降りた瞬間、肩から力が抜けること。けれど、それらはどれも観光案内の文章に見えた。
帰りたくない理由も、同じくらいある。町を出たときの自分を知る人に会うこと。変わったところより、変わらないところを数えられること。「戻ってきたんだ」と、一つの物語にまとめられること。
スマートフォンには二件の下書きメッセージが残っていた。
地元の友人へは、〈来月からそっちに戻るかも〉。
東京の友人へは、〈来月もまだこっちにいると思う〉。
どちらも送れなかった。「かも」と「思う」が、二十九歳の自分を薄くしている気がしたからだ。
季帆は申込書の期間欄を見た。一か月、三か月、半年。長い期間を選ぶほど本気に見える。半年に丸をつければ、周囲だけでなく自分も納得させられそうだった。
けれど、本気とは長さではない。
季帆は半年の欄に薄く残った鉛筆跡を消した。紙が少し毛羽立ち、最初から迷わなかった人の申込書には見えなくなった。それでよかった。提出するのは完成された決意ではなく、迷った末に選んだ期間だ。窓口の人に跡を見られても、書き直すつもりはなかった。
季帆は一か月に丸をつけた。目的欄には、きれいな理由をやめて、こう書いた。
〈この町で暮らしたいのか、この町を懐かしみたいだけなのか、確かめるため〉
二百字には遠く、たった三十七字だった。
申込書を封筒へ入れたあと、二件の下書きを削除した。代わりに同じ文章を二人へ送る。
〈来月、一か月だけ地元で暮らす。終わったら、続けるか戻るか決める〉
地元の友人からは、梅干しのスタンプが返った。東京の友人からは、「帰ってきたら餃子」と来た。どちらも季帆を引き止めず、押し出しもしなかった。
ポストの前で、封筒が急に軽く感じられた。一か月後、どちらを選んでも、今日より立派な自分になっている保証はない。
それでも季帆は、短さを逃げ道ではなく、自分で決めた期限として投函した。