一リットルの白い霧
水城は、三つの容器のうち最も小さな銀瓶を抱えた。
ラベルには《液体酸素 一リットル》。笠松は《圧縮酸素 五百リットル》の赤いボンベを、宮代は《酸素発生剤 七百リットル相当》の箱を選ぶ。
「一リットルで何分もつつもりだ」
笠松が笑った瞬間、選択台のシャッターが閉じた。
規則は単純だった。
《選んだ容器だけを酸素源とし、最後まで意識を保った一名を勝者とする》
三人は透明な呼吸フードへ入り、容器を接続する。水城の銀瓶からは白い霧がこぼれ、細い管の先にある気化器が低く唸った。
開始後十分で、笠松の笑いは消えた。赤いボンベの針は半分を切っているのに、水城の銀瓶はまだ重い。宮代の発生剤は安定しているが、反応熱でフード内が暑くなり、彼の呼吸は速くなった。
「表示が間違っている」と笠松が言う。
「単位を揃えずに比べた方が間違いだ」
水城は銀瓶の曇りを指で拭った。
液体の一リットルと、気体の一リットルは同じ体積でも中身の密度が違う。極低温で詰められた液体酸素は、気体になれば数百倍に膨らむ。容器の小ささと《一》という数字だけを見れば、最少に見えるよう仕組まれていた。
二十五分後、笠松の供給が止まる。三十二分後、宮代の発生箱も沈黙した。銀瓶の残量灯はまだ青い。
《勝者、水城》
主催者が苦々しく告げる。
水城はフードを外し、床へ流れる白霧をまたいだ。
「大きな数字を選ばせたかったなら、全部を気体換算で書くべきだった」
選択台の脇には小さな換算表があり、《液相→気相》の欄だけ霜で隠れていた。水城は銀瓶の底から伝わる異様な冷たさで、数字が同じ尺度ではないと気づいた。大きな容器を奪う腕力ではなく、一リットルがどの状態の一リットルかを読む目だけが必要だった。
銀瓶の小ささは不足の証拠ではなく、冷却して密度を上げた結果だった。
笠松の赤いボンベには、五百という立派な数字だけが残っている。水城の手の中では、一リットルの銀瓶が、まだ静かに息をしていた。