一人分多い足音
映像は消えていたが、足音は残っていた。
梓沢正弥音響技官は、二十六秒の音声を四度再生した。令状なしで倉庫へ踏み込み、外国人作業員を拘束した夜。先頭警察官のボディーカメラ映像だけが失われ、機器故障とされた。ただし無線機へ送られる緊急用音声は別系統で保存されていた。
報告書では、倉庫へ入った警察官は三人。
音声には、金属階段を上がる靴音が四組ある。
「反響だ」
玖珂捜査指揮官は言った。
「空の倉庫は音が返る」
正弥は波形を拡大した。三人は支給品の編上靴で、踵の硬い音がする。四人目だけは革底で、右足を引きずるように半拍遅れる。その足音の後、作業員の悲鳴と、低い男の声が入っていた。
――カメラを伏せろ。ここからは記録するな。
声紋は雑音が多く、個人識別できない。だが正弥は、その歩き方を知っていた。海堂警務部長は古傷のため右足をかばい、式典でも必ず革靴を履く。公式には、当夜は本部の会議に出席していたことになっている。
「四人目と断定はできません」
正弥は言った。
「なら三人で報告しろ」
「三人とも同時に声を出している箇所があります。その背後で命令が続く。少なくとも第四の人物がいます」
玖珂は再生機を止めた。
「海堂部長の名前を連想させる書き方はするな。倉庫の捜索は成果を上げた。違法薬物も銃も出た。手続の傷を広げれば、事件そのものが崩れる」
「映像を消して入った人物が、証拠に触れていた可能性も崩れます」
正弥はヘッドホンを外した。警察に入って二十八年、現場へ出ない技官の報告は、いつも誰かの筋書きの脚注だった。今回は、その脚注だけが消された人物を指している。
音声反訳の話者欄にはA、B、Cまで印字されていた。
正弥は新しい行を作り、「話者D」と打った。氏名欄は空けたまま、特徴に「革底・右足遅延・録画停止を命令」と記す。
玖珂が紙を引き抜こうとした。
正弥は先に原本音声へ電子署名を施し、反訳とともに証拠登録した。
四人目の足音は、もう三人分には戻せなかった。