一曲ぶんの生活

 小机藍子は、十八年前に作った菓子メーカーの短いCM曲から、今もわずかな使用料を受け取っている。

 地方のスーパーや動画広告で忘れた頃に使われ、そのたび口座へ一曲ぶんのお金が入る。

 大きな暮らしはできないが、古い団地で慎ましく過ごすには足りた。

 友人の麻生路佳穂は、休職中である。

 水曜の午後になると藍子の部屋へ来て、何をするでもなく床へ寝転がる。

「今日、あの曲を聞いた」

「どこで?」

「冷凍食品の売場」

「菓子じゃない」

「映像はチョコだった」

「なら正しい」

 曲は八秒しかない。

 佳穂は何度も鼻歌で再現するが、最後の音を必ず間違える。

「作曲者の前で改変しないで」

「十年以上生きた曲は、もう民謡」

「著作権を雑に扱うな」

 その日はクリームシチューを作った。

 藍子が玉葱を切り、佳穂がじゃが芋の皮をむく。休職してから、佳穂は「元気になったら何をするか」と訊かれることに疲れていた。

 藍子は訊かない。

 代わりに、人参を星形に切るか乱切りにするかだけ訊いた。

「星」

「手間が増える」

「不労所得者には時間がある」

「人の時間を勝手に所得扱いするな」

 結局、人参は二つだけ星になった。

 鍋を煮込むあいだ、二人は古い動画サイトでCMを探した。

 画質の粗い映像が見つかり、若い俳優がチョコを一口食べる。最後に藍子の曲が流れた。

 佳穂は、やはり最後を間違えて歌った。

「正解を覚える気ないでしょう」

「私の中ではこれで完成」

 藍子は笑った。

 シチューの蓋を開けると、牛乳とバターの甘い湯気が上がった。

 二人で皿へよそい、星の人参を一つずつ取る。

「八秒で、よく何年も食べてるね」

「曲が働き者だから」

「見習う?」

「私たちが?」

 二人は顔を見合わせ、すぐ首を振った。

 佳穂は夕方までいて、帰る前に鍋の残りを容器へ詰めた。

「来週も来る」

「何もしないなら」

「人参の星は切る」

「二個だけね」

 玄関が閉まったあと、藍子はCMの曲を一度だけ正しく口ずさんだ。

 部屋にはシチューの温かな香りと、佳穂が間違えた最後の一音が残っている。

 一曲が暮らしを支え、間違った鼻歌が水曜を支える。どちらも短いのに、夕方までよく響いた。