上履きのかかと

環は三年間、上履きのかかとを踏み続けた。

「靴をつぶす人は、人生もつぶす」

生活委員の知世は、廊下ですれ違うたびにそう言った。環はそのたび、片足だけ直して逃げた。両方直すと負けた気がしたからだ。

卒業式の日、最後のホームルームが終わると、環の机の上に白い箱が置かれていた。開けると、新品の上履きが入っている。かかとの内側には黒い糸で文字が縫われていた。

――卒業しても踏むな。

「校則違反の刺繍だな」

環が声に出すと、教室の後ろで知世が咳払いした。彼女は卒業アルバムへ寄せ書きをしていて、こちらを見ない。

「誰から?」

「知らない」

「サイズぴったり」

「偶然じゃない」

「刺繍、曲がってる」

「手作りに文句を言うな!」

言ってから、知世は耳まで赤くなった。

環は新品の上履きへ履き替えた。三年間履いた古い方は、かかとが完全に寝て、もはやスリッパに近い。

「これ、どうすればいい?」

「捨てれば」

「思い出あるし」

「靴に?」

「毎日怒られた思い出」

知世は黙って、古い上履きを紙袋へ入れた。

昇降口まで歩く間、環は何度もかかとを踏みそうになった。そのたび知世の視線を感じ、ぎりぎりで足を入れ直す。階段では不自然なほど背筋が伸びた。

校門前は混雑していた。記念写真を撮る列の中で、後輩が知世に花束を渡した。知世は慌てて下がり、誰かの靴紐を踏んだ。よろけた拍子に、自分のローファーが片方脱げた。

環は笑いをこらえながら拾った。

「靴を脱ぐ人は?」

「うるさい」

「人生も脱ぐ?」

「その上履き返して」

「贈り物は返品不可」

知世は花束で環の肩を叩いた。

そのとき、環は彼女のローファーのかかとに、小さな擦り傷があるのを見つけた。いつも環を追いかけ、立ち止まり、また追いかけた跡のようだった。

「大学、別々だな」と環が言った。

「だから何」

「見張る人がいない」

「毎朝、写真送って」

「何の」

「かかと」

環は新品の上履きを脱ぎ、紙袋へ入れた。代わりにローファーを履き、かかとをきちんと上げる。

「これでいい?」

「初めて合格」

知世が笑ったので、環は三年間で初めて、両足とも踏まずに校門を出た。