不足額は零円

決済システム会社の御厨創士は、終電後の障害対応でテスト用ICカードを持ち歩いていた。午前二時、車両が停電し、避難した先に「零銭駅」という無人駅が現れた。

改札はなく、出口の前に古い精算機だけが立っていた。画面には「カードを入れてください」とある。

創士は社内チャットへ写真を送った。すぐ、鉄道怪談を集めている同期から返信が来た。

《零銭駅の精算機が不足額0円を示しても、精算ボタンを押してはいけない。金を取らない時は、残っている日を取る》

創士は笑った。機械の型番も基板も現行品に見えたからだ。障害原因の証拠になると思い、テストカードを差し込んだ。

《不足額 0円》

下に大きな「精算」ボタンが点滅する。ログを出すには押すしかない。創士は一度だけ押した。

レシートが吐き出された。

《入場 記録なし

 出場 明日 00:00

 精算額 0円

 残り 本日》

出口のシャッターが上がる前、精算機はもう一枚、白紙の領収書を出した。透かすと、明日以降の日付がすべて細い取消線で消されていた。創士はそれを丸め、見慣れた駅前へ出た。振り返ると、シャッターは閉店した薬局のものに変わっていた。

翌日は普通に仕事ができた。ただ、夕方から妙な通知が続いた。

動画配信サービスから「ご逝去に伴う解約を受け付けました」。携帯会社から「名義人死亡による回線停止は午前零時です」。銀行アプリには「相続人への残高移管を準備中」と表示された。

創士はサポートへ電話した。

「本人ですが、死亡登録を取り消してください」

自動音声は何度確認しても同じ答えを返した。

『ご本人様は、この手続きをご利用いただけません』

二十三時五十九分、テストカードをスマホにかざすと、残高は十分あるのに「利用期限切れ」と出た。

時計が零時になった。

財布アプリが明るくなり、改札を通った時の音が鳴った。

《零銭駅 出場処理が完了しました》

同時に、すべてのアプリから創士の名前が消えた。最後まで残った時計アプリだけが、翌日の欄に短く表示した。

《予定はありません》

玄関の外で、精算機がレシートを印刷する音がした。