世界初を消すボタン

最終ボスの第三形態へ入る三秒前、槙島勇斗の視界に通知が割り込んだ。

〈三十二歳の俺より。青い回復薬を捨てろ。世界初討伐はその先だ〉

九年間育てたVRゲームのキャラクター。所属ギルドは世界一位を争い、配信同時視聴は百万人を越えている。足元には青い回復薬。隊長が同じ声を飛ばした。

「全員、生存優先。薬は残せ!」

勇斗は未来を信じて薬を捨てた。空き枠にボスの呪いが入り、なぜか攻撃力へ変換される。最後の一撃。討伐時刻が世界最速として刻まれた瞬間、視界が三秒前へ戻った。

〈青い回復薬を捨てろ〉

「薬は残せ!」

二度目は一人だけ捨てた。三度目は全員へ指示した。差分は討伐秒数だけで、記録が確定すると必ず戻る。未来の自分は、立ち位置、攻撃順、誰を戦闘不能にするかまで通知してきた。

四十二回目、成功条件が表示された。

〈討伐後、複製された王冠を取引所へ出品する〉

青い薬を捨てる不具合は、ボス報酬まで複製する。未来の勇斗は王冠を売り、スポンサー契約と莫大な暗号資産を得ていた。添付された未来ニュースには、数か月後にゲーム内経済が崩壊し、運営会社がサービスを終了したとある。九年間の世界は、世界初討伐者の名だけを残して消える。

四十三回目、勇斗は薬を拾ったまま戦った。敗北し、三秒前へ戻る。

四十四回目、運営へ不具合を通報した。証拠不足で却下され、戻る。

未来の自分が笑う絵文字を送った。

〈王冠を出せば、全部本物になる〉

勇斗は青い回復薬を捨てた。指示どおり最速でボスを倒し、複製された王冠を手に入れる。取引所の出品画面まで進み、代わりにメニュー最下部の〈キャラクター削除〉を開いた。

隊長が叫ぶ。

「待て、記録が消える!」

「だから証拠になる」

最高レベルのキャラクターが王冠を所持したまま消えれば、通常は存在しない複製IDだけが監査ログに残る。復元不能、プレイ時間一万二千時間、装備評価額八百万円。確認欄へ名前を入力した。

未来から三度通知が来た。

〈やめろ〉

〈お前にはこれしかない〉

〈俺を消すな〉

勇斗は〈完全削除〉を押した。

視界が暗くなり、三秒後ではなくログイン画面へ戻る。世界初の記録欄は空白。運営から「異常アイテムを検知、全取引停止」と告知が流れた。

隊長の通話だけが残っている。

「新しいキャラ、作るか?」

勇斗は青い薬のない初期画面を見つめ、首を振った。九年分を終わらせた夜に、すぐ次を始める必要はなかった。