予備の靴紐
サッカー部の最後の大会、後半三十二分で主将の靴紐が切れた。
ベンチがざわつくより早く、マネージャーの僕は予備を持って走った。白、黒、蛍光色。三年間、誰も使わなかった袋から、同じ長さの黒を選んだ。
主将は座り込み、焦った指で古い紐を抜いた。
「貸せ」
僕が膝をつき、スパイクへ通した。
「自分でできる」
「手、震えてる」
「寒いから」
真夏だった。
結び目を二重にし、足首を叩いた。
「行け」
彼はすぐにピッチへ戻った。
試合はそのまま一対一で延長へ入り、最後はPKで負けた。主将のキックは決まった。それでもチームは終わった。
帰校後、夕暮れのグラウンドに三年生だけが残った。主将はセンターサークルへ座り、切れた古い靴紐を指に巻いていた。
僕は冷たいタオルを渡した。
「新しい紐、返す」
「いいよ。もう使わないし」
「お前が買ったやつだろ」
部費ではなく、僕が自分で用意した予備だった。以前、練習試合で紐が切れ、選手が出られなかったことがある。それ以来、長さを変えて十本ずつ揃えた。
「マネージャーって、使われない準備ばっかりだな」
主将が言った。
確かにそうだ。雨が降らない日のビニール袋、怪我をしない日の救急箱、忘れ物をしない選手の予備ソックス。何も起きなければ、私物のまま卒業する。
「今日、使った」
「負けたけど」
「切れたまま終わるよりいい」
主将は新しい紐をほどいた。返すのかと思ったら、半分に切った。
「何してる」
「片方ずつ」
彼は一本を僕へ渡した。
「縁起悪いだろ、切れた紐」
「これは切った紐」
違う、と言われれば違う気がした。
卒業の日、僕は黒い紐を筆箱に入れていた。主将は鞄の取っ手に結んでいた。
「まだ持ってる?」
「予備だから」
「何の」
答えられなかった。
夕暮れのグラウンドで結んだものが、部活の終わりなのか、その先の約束なのか、まだ決めていなかったからだ。
二本の紐は、離れた場所で同じ長さのまま残った。結び直せるものがあると、あの日初めて知った。