予言の彼は誰だったか
「代名詞が誰を指すか分かるだけ? 予言者にはなれまい」
星見院の試験で、エミルザは無能の判を受けた。
【能力:《指すもの》――一つの文章中にある代名詞一語が、本来指す対象を正確に理解する】
未来は見えず、文章も書き換えられない。彼女は予言板の埃払いへ回された。
王都の空に赤い月が昇った夜、千年前の予言が光った。
――白き勇者が夜王を討つとき、彼は玉座を砕き、王国を終わらせる。
白き勇者とは、遠征から帰還した将軍レグナート。夜王とは、北門へ迫る不死の王。だが「彼」が勇者を指すなら、夜王を倒した直後に将軍が王国を滅ぼす。
摂政はレグナートを反逆者として拘束した。
その間にも夜王の軍は城壁へ迫る。将軍を出さなければ王都が落ちる。出せば予言どおり玉座が砕ける。幼王を守る近衛たちは決断できなかった。
エミルザは予言板へ触れた。
《指すもの》。
「彼」が指していたのは、白き勇者ではない。
夜王でもなかった。
文章中で最も近い男性名詞と考えられていたが、古代語では「玉座」も男性扱いだった。彼とは、王家の玉座そのものだ。
「玉座が玉座を砕くとは、意味がない」
摂政が笑う。
エミルザは戴冠室の黒い椅子を見た。夜王が現れたのは、幼王が座るたび地下から冷気が上がるようになってからだ。玉座は千年前、夜王の骨で作られた封印器だった。
予言は警告ではなく、手順だった。
レグナートが夜王を討つ瞬間、その魂は自分の骨へ戻ろうとする。そこで玉座が自ら砕け、魂ごと消滅する。
「将軍を解放し、玉座へ幼王を座らせないでください」
レグナートは北門で夜王の胸を貫いた。
同時に戴冠室の玉座が震え、内側から割れる。黒い霧が椅子へ吸い込まれ、破片とともに燃え尽きた。終わったのは王国ではなく、夜王の骨で続いていた古い王権だった。
摂政は無能札を隠した。
幼王セファルはそれを拾い、砕けた玉座の上へ置く。
「『彼』を間違えただけで、忠臣を殺すところだった」
王はエミルザへ星見院の銀印を渡した。
「次の予言では、未来より先に文章を読め」