二度焼いた城壁

海軍のパンは、出航三日目で緑色になった。

提督セヴェンは黴びた塊を甲板へ投げ捨て、パン工房の責任者を怒鳴る。

「次の航海は二十日だ。腐らぬパンを出せなければ契約を切る」

前の航海では、十二日目から一日一食になった。水兵は鼠と黴の少ない部分を奪い合い、帰港時には櫂を握れない者まで出た。

それでも工房主は、海が湿っているから仕方ないと言い張る。契約金だけは先払い済みだった。

転生前に防災用品会社で働いていた鳥越剛志は、発酵籠を片付けた。

小麦粉と水と塩だけを固く練り、指二本分の四角へ切る。厚さを揃えるため木枠へ押し、串で穴を均等に開け、一度焼いた。

膨らまない生地を見て、工房主は「失敗作を海軍へ売る気か」と職人たちを笑わせた。

職人が取り出そうとすると、剛志は窯の火を弱めて戻した。

「もう焼けているぞ」

「中の水分が残っています」

一度目のあと、窯の扉を少し開けて湿気を逃がし、弱い火でさらに二刻。

二度目の焼き上がりは、パンというより薄茶色の石だった。割った断面には柔らかな部分がなく、湯気も出ない。

提督は机へ打ちつける。

「歯を折る気か」

剛志はそれを湯気の立つ魚汁へ浸した。百を数えてから匙で割ると、汁を吸った生地がほろりと崩れ、小麦の香りが戻った。塩気の薄い船上スープにも、とろみと腹持ちが加わる。

さらに剛志は、十日前に試作して船倉と同じ湿った部屋へ置いた一枚を出した。

隣に置いた普通のパンは緑色の毛に覆われている。二度焼きは、割れば乾いた音が響き、黴も酸っぱい臭いもない。重さは普通のパンの半分。形が揃うため隙間なく積め、樽一つに五百枚入った。

水兵がそのまま齧り、次は酒へ浸して笑う。

「歯は要るが、腐ったパンより百倍いい」

工房主は黙っていた。これまで一日百斤を焼いても、航海前に三割捨て、黴びた分まで海軍へ請求していたからだ。

会計官が新旧の樽を数え、同じ二十日分でも船倉が半分空くと報告する。剛志の二度焼きなら、前月分まで先に作れ、出航延期でも捨てずに済む。

セヴェンは航海図の横に注文書を置いた。

「二万枚。出航まで十二日ある」

契約印が押されると同時に、工房の全窯が二度目の火を入れた。