二泊三日の秘密

伊勢谷杏奈が新しい同居人に隠していたのは、恋人ではなく、ホテルのカードキーだった。

転職を機に友人と二人暮らしを始めた。引っ越しの荷ほどきで、仙台、静岡、広島、福岡と地名の違うカードキーが箱からこぼれたとき、友人は一枚ずつ並べた。

カードの裏には、公演日とその日の好きな台詞を小さく書いてある。誰にも見せない旅の記録だった。杏奈は、安定した生活を始める記念に処分しようとしたが、箱の蓋を閉めるたび、知らない街で一人チェックインできた夜まで消える気がして残していた。

「遠距離の人、何人いるの」

杏奈は笑ってごまかし、箱ごと押入れへ押し込んだ。舞台俳優を追って毎月遠征しているとは言えなかった。休日のたびにキャリーケースを引く自分を、落ち着きのない大人だと思われたくない。

翌週、二泊三日の予定を「会社の友達と旅行」と告げた。ところが前夜、閉め方の甘かったキャリーケースが玄関で開いた。

同じ演目のパンフレットが三冊、応援うちわ、双眼鏡、推し色の靴下。さらに「土曜マチネ」「土曜ソワレ」「日曜マチネ」と書いた封筒が床へ扇状に広がった。

友人はしばらく黙り、それから封筒を順番に拾った。

「二泊三日で三公演?」

「引くよね」

「いや、休憩はいつ?」

友人は三公演分の封筒を、責める証拠ではなく旅程表のように並べ直した。杏奈が隠していた時間を、勝手に小さく扱わなかった。

心配されたのが体力だったので、杏奈は拍子抜けした。友人は自分の部屋から、各地のマラソン大会の完走メダルを持ってきた。彼女も週末ごとに走りに行き、「観光」とだけ説明していたらしい。

二人は冷蔵庫に月間予定表を貼った。友人は「横浜ハーフ」、杏奈は小さく「旅行」と書こうとした。

「そこ、ちゃんと書かないと、帰宅時間が分からない」

杏奈はペンを持ち直した。

『神戸公演・マチソワ』

その下に帰宅予定時刻と、買ってくる明石焼きの数も加える。友人はカードキーの箱へ「遠征の記録」とラベルを貼った。

杏奈は箱を押入れへ戻さず、玄関の棚に置いた。