亡き上司の最低評価

紺谷義久は出勤すると、最初に死んだ課長・瑛士へ進捗を報告する。

「昨日の障害、復旧しました」

『報告が遅い。次からは三十分ごとに状況を上げろ』

事故で亡くなって半年。課長人格は会議にも出て、稟議にも判を押した。管理職が死ぬたび引継ぎで現場が止まるより、ずっと効率がいい。部下の評価も生前と同じ基準で続けられた。

義久はその便利さを誰より認めていた。瑛士が倒れた夜、救急車を呼び、最後まで手を握っていたのも彼だった。

月末、配置判定が届いた。

《生産性下位者一名を契約終了とします》

名前は義久だった。

同僚は全員、九十点前後。義久だけが四十二点。評価理由には、《指示への反抗》《上司への敵意》《協調性不足》と並んでいた。

「障害復旧数は部署一位です」

『結果だけで人は測れない』

瑛士が生前よく言った言葉だった。

義久は評価ログを開いた。課長が死ぬ前日の一対一面談が重く参照されている。あの日、義久は過重労働を止めるよう訴え、瑛士と激しく口論した。

翌朝、瑛士は机で心停止していた。

「俺はあんたに休んでほしかった」

『記録上、君は私の判断を否定した』

「死ぬと思ったからだ」

『結果を知った後の発言は、評価対象外だ』

異議申立ての期限は五分。審査者欄にも瑛士の名があった。直属上司の評価は直属上司本人だけが修正できる。

義久は、葬儀で読んだ弔辞の動画を送った。

「これを見てくれ。俺が何を思ってたか」

人格は数秒再生し、閉じた。

『勤務時間外の感情は、業務評価に含まれない』

《契約終了》が確定した。

社員証が消える直前、次月の組織表が表示された。課長欄には瑛士。空いた義久の席には、新卒社員の名が入っている。死者の机に残るマグカップだけは、管理職の私物として誰にも片づけられなかった。

画面の瑛士が言った。

『期待していたから厳しくした。次の職場でも頑張れ』

義久が退館すると、課長人格から最後の勤怠通知が届いた。

《退勤が三分早いです。評価を減点しました》

もう社員ではない義久の点数だけが、死んだ上司の部下として下がり続けた。