仕事だから

午前一時のコインランドリーで、更紗は大型乾燥機の中を回るシーツを見つめていた。

 隣の椅子に座った男が、柔軟剤のボトルを落とした。拾おうとして顔を上げ、二人同時に「あ」と言った。

「灯真」

「更紗。近所?」

「洗濯機が壊れただけ」

 乾燥終了まで二十八分。ほかに客はいない。外は土砂降りで、店を出ればシーツより先に自分が濡れる。

 灯真は今、フリーのデザイナーをしている。そして更紗の会社が、彼の事務所を新商品の制作候補に選んでいた。

「この前のプレゼン、見た?」

「仕事だから」

「感想は?」

「選考中に言えるわけないでしょ」

 四年前、同じ会社の同期だった頃に付き合った。更紗が先に昇進し、灯真の評価面談に関わる可能性が出たため、彼女から別れた。秘密にして続ける選択もあったが、更紗は公私を混ぜる怖さに耐えられなかった。

 今も同じだった。好きだと言えば、発注をちらつかせたように聞こえるかもしれない。それだけが、口を閉じる理由だった。

「俺が会社辞めたあと、一度も連絡くれなかったよな」

「仕事じゃないから」

「逆じゃない?」

「何が」

「仕事じゃないなら、連絡できたんじゃない?」

 乾燥機が低く唸る。残り十七分。

「プレゼンに呼んだの、更紗?」

「候補リストに入れたのは私。でも審査からは外れた」

「どうして」

「仕事だから」

 二度目は、少し強く言った。

 灯真は笑った。「便利だな、その言葉」

「便利じゃない。私には必要なの」

「俺には、壁に見える」

 更紗のスマートフォンが震えた。社内メールだった。選考結果は灯真の事務所に決定。担当責任者は別部署の部長。明朝、正式通知予定。

 時計を見る。乾燥終了まで九分。

「結果、出た?」

「守秘義務」

「やっぱり仕事だから?」

「今は、まだ」

 灯真は自分の乾燥機から、片方だけの靴下を取り出した。「じゃあ、終わるまで待つ」

「何が」

「洗濯。あと、今」

 二台の表示が同時に一分を切った。更紗は、メールの受信時刻が日付をまたいでいることを確認する。審査は正式に終了していた。

 乾燥機が止まり、店内が急に静かになった。

「仕事だから」

 三度目に言い、更紗は会社支給のスマートフォンを鞄へしまった。

「こっちは、もう終わり」

 自分のスマートフォンを取り出し、四年前に消せなかった灯真の番号を表示する。登録名は『外注候補・久瀬』のままだった。

 更紗は『灯真』に書き換え、通話ボタンを押した。

 隣で彼のスマートフォンが鳴る。更紗は切らずに、乾いたシーツを二人の間へ広げた。