使われていない二百席
三枝悠羽の退職前最後の導入作業は、三百十二人分のアカウント移行だった。
顧客企業は午後五時から新しいシステムへ切り替える。後輩が作った請求確認表には、契約席数三百十二、移行完了三百十二ときれいに並んでいる。
悠羽はログイン履歴の空白が気になった。二百七人が、半年以上一度も使っていない。利用部門の一覧には、すでに閉鎖された営業所や、統合前の部署名まで残っていた。画面上の席だけが働き続け、実際の社員は別の名前でログインしている。移行作業の料金も席数で決まり、重複したままなら初期費用まで二重に膨らむ。
「休職者や閲覧専用の人もいるので、契約には含めるそうです」
後輩は営業から届いた指示を見せた。悠羽は、未使用者のメールアドレスだけ末尾が古い会社ドメインであることに気づく。顧客が社名変更したとき、新しいアドレスで同じ社員を作り直し、古いアカウントを消していなかったのだ。
このまま移行すれば、一人に二席ずつ請求される。年間では数百万円になる。
営業責任者は電話で、「契約上は三百十二席だ。わざわざ減らす必要はない」と言った。悠羽は切り替えを止め、顧客の管理者へ重複一覧を送った。本人確認が取れた二百七席を統合し、実利用百五席で見積書を作り直す。
後輩が小さく言った。
「私、数字が合っていたから、確認しませんでした」
「合いすぎている数字も見よう。使う人の数と、売った席の数は別だから」
悠羽は移行手順へ、直近ログインとドメイン変更履歴を照合する項目を加えた。顧客の切り替えは一時間遅れたが、二重アカウントは残らなかった。
責任者は、悠羽の転職先が利用定着を専門にする会社だと知っている。
「そんなに正直に減額していたら、商売にならないぞ」
悠羽は返事をせず、転職先から届いた目標指標を開いた。売上席数ではなく、三か月後の継続利用者数で評価する、とある。面接で聞いた言葉が、急に現実味を持った。
修正版の見積書を顧客へ提出し、後輩へ統合済み一覧を渡す。最後に悠羽は、入社日の確定メールへ〈承諾します〉と返信した。
使われていない二百席を、次の職場まで持っていかないために。