倉庫番は一度だけ棚卸しする

「能力なし。お前の値打ちは空袋一枚だ」

商業ギルドの査定員は、南雲莉子へ在庫札の束を投げつけた。

転移してきた莉子が得た仕事は、王都最大の穀物倉庫で袋数を数えることだった。前世では物流会社の在庫管理を担当していたが、こちらでは鑑定魔法が使えなければ、帳簿係にすらなれない。

昼の鐘と同時に、床板が持ち上がった。

牙鼠が何百匹も倉庫へなだれ込む。猫ほどの低級魔物だが、一晩で都市一つの食料を食い尽くす。護衛が剣を抜くと、鼠は袋の陰へ散り、刃が小麦袋を裂いた。

「全部燃やせ!」

査定員が叫ぶ。

莉子は即座に否定した。ここを焼けば、襲撃を防いでも冬を越せない。

高い棚の上で、金色の牙を持つ巨大鼠が鳴いた。牙鼠王。希少な上位種が群れを統率し、護衛の動きを読んでいる。しかも鼠の背には、競合商会の焼印があった。

莉子は帳簿台へ上がり、散らばった在庫札を一枚拾う。

「棚卸しを始めます。動かないでください」

誰も従わなかったが、彼女は構わず《絶対在庫管理》を一度だけ実行した。

倉庫内のすべてに白い札が現れる。

小麦、九千四百二袋。大麦、三千百袋。護衛、十二名。査定員、一名。牙鼠、六百八十三匹。牙鼠王、一匹。

最後の二項目だけに、赤字で「未登録・搬入禁止」と浮かんだ。

次の瞬間、鼠たちは一匹残らず宙へ持ち上がり、空だった木箱へ吸い込まれる。牙鼠王も金の牙をむき出したまま縮み、同じ箱へ収まった。蓋には競合商会宛ての返送票と、被害予定額を含む請求書が自動で貼られた。

倉庫の在庫鑑定盤が数字を追いきれず、全桁を吐き出して割れた。

視察に来ていた商業ギルド総会頭マルチェロが、計算椅子から立った。

「一粒も失っていないのか」

莉子は裂かれた袋を一つ示した。こぼれた麦まで、白い札に導かれて袋へ戻っていく。

総会頭は査定員から印章を取り上げ、莉子の空袋札の裏へ押した。

そこに現れた役職は、臨時倉庫番ではない。

王都物流監査官。

さっきまで彼女へ荷を押しつけていた商人たちが、今度は自分の帳簿を背中へ隠した。莉子が木箱を指で一度叩いただけで、倉庫全体が姿勢を正した。