値札が戻るまで

フラッシュセール開始まで、あと三分。

アパレル通販のトップ画面では、〈全品最大七十パーセントOFF〉のバナーが公開を待っていた。運用担当の箕輪穂澄は、この一勤務を終えてから退職届を送るつもりだった。

穂澄は最終確認で、春物ワンピースの在庫が二百四十着になっていることに気づいた。倉庫の実在庫は八十着。残り百六十着は、返品されてまだ検品されていない商品だった。さらに予約販売の新作まで、七十パーセント引きの価格テーブルに入っている。

公開すれば、買えたと思った客へ翌朝からキャンセルメールを送ることになる。値引き前に予約した客には、同じ商品が突然安く見える。数字の誤りは、画面を閉じても人の不信として残る。

「始めてから直せばいい。アクセスを逃す方が損失だ」

販売部長は言った。

穂澄は開始ボタンではなく、バナーの非公開ボタンを押した。

「売れない数を売って、戻せない価格で注文を取る方が損失です」

部長の顔が固まる。隣の新人、優生が青ざめていた。商品コードを一括登録したのは彼女だった。

穂澄は責任者欄へ自分の名を入れ、価格テーブルから予約品を分離した。在庫は〈販売可能〉〈検品待ち〉で参照先を変え、今後一括登録した商品が両方へ入った場合は公開できない設定にする。

「私が全部壊しました」

優生が言った。

「壊れる仕組みを一人で触れるようにしていたのが問題。記録を消さないで。時刻が残れば、次に止められる」

開始は二十二分遅れた。バナーが戻ると、在庫以上の注文は一件も入らず、新作の価格も正しかった。販売部長は売上速報を見て、遅れた二十二分を穂澄の評価記録へ入力した。

穂澄は、その下に防いだ過販売数と誤値引きの対象数を追記した。遅れだけを残せば、次の担当者は開始ボタンを押すしかなくなる。

管理画面を優生へ引き継ぎ、二段階確認の手順を送る。数字を守るために客をだます働き方は選ばないと決め、退職届を送信した。続けて、転職サイトの公開設定を〈企業からの連絡を受ける〉へ切り替えた。

値札が正しく戻った画面で、自分の値段を他人に決めさせる設定も外した。