公平な距離

遠峰理玖は寝る前に、採用アプリの〈関係距離〉を確認する。

縁故採用をなくすため、応募者と社員の私的なつながりをAIが測り、一定値を超えた候補者は自動で落とす。紹介も口利きもできない、公平な制度だと理玖自身も信じていた。

〈現在の社員関係度 12.4%〉

低い。明日、伏見真帆が理玖の会社へ応募しても問題ないはずだった。

二人は同じ部屋に暮らして一年になるが、会社では交際を話していない。真帆は商品設計、理玖は保守部門で、仕事上の接点もない。採用に有利になることなど一つもなかった。むしろ理玖は、真帆の試作品を社内へ持ち込むことさえ避けた。彼女自身の力で評価されてほしかったからだ。

会社の採用広告にも〈あなたが誰を知るかではなく、何を作れるかを見る〉と書かれていた。真帆はその言葉を気に入り、応募先を決めた。

翌朝、真帆が送信を押す。結果は三秒で届いた。

〈不採用〉

〈現職社員との私的関係 98.7%〉

〈検出根拠 同一睡眠圏 連続286日〉

「睡眠圏って何」

真帆が笑おうとして、声だけが乾いた。

詳細には、二台の端末が毎晩ほぼ同じ時刻に充電され、呼吸振動の距離が一・四メートル以内だったとある。休日に同じ速度で歩いた回数、深夜に同じ宅配を受け取った記録まで並んでいた。関係を申告しなかったことも、隠蔽傾向として加点されている。

異議申し立て欄には一つだけ選択肢があった。

〈社員側が現在の関係を終了した場合、再判定〉

「私、別の会社を探すよ」と真帆は言った。「そこまでして入りたいわけじゃないし」

けれど彼女が半年かけて作った試作品は、この会社の設備でしか量産できない。面接も作品審査も始まる前に、理玖と眠ったという理由だけで消された。

理玖は自分の社員画面を開く。退職届の理由欄にもAIの選択肢しかない。

〈転職〉

〈健康〉

〈私的関係の保護〉

三つ目を押すと、警告が出た。

《退職後の再雇用は保証されません》

理玖は送信した。

数秒後、真帆の画面から〈現職社員との関係〉が消え、作品審査のボタンが青くなった。

理玖は会社支給端末を机に置き、二人分の朝食が冷める前に、社員証を裏返した。