六号室のノック
六号室から三度ノックが聞こえる夜、夜勤の看護師は老人を殴っている。
そう訴えたのは、廊下を挟んだ五号室の入居者だった。私は施設の聞き取り担当として、六号室の老人から事情を聞いた。手首には丸い青痣が並び、枕の下には破れた制服のボタンが隠されていた。
「薬を飲まないと、あの女は腕を掴むんです」
老人は怯えた声で言う。夜勤看護師は否定した。薬の時間には扉を開けたままにしており、暴力などあり得ないという。記録簿には、老人が三度も薬品庫の前で見つかったことが書かれていたが、看護師が責任逃れのため捏造したのだと老人は言った。
妙だったのは、室内に砂糖の小袋が十数個あったことだ。老人は糖尿病で、食事にも砂糖は禁止されている。もう一つ、青痣は看護師の指より小さく、すべて同じ円形だった。
老人は、夜勤看護師の逮捕を強く求めた。施設を辞めるだけでは、別の場所で被害者が出るという。その熱心さだけは、怯える人のものより告発を成功させたい人のものに見えた。
その夜、私は空き室で待機した。午前二時十七分。
こつ、こつ、こつ。
六号室から音がする。廊下へ出ると、看護師が給湯室の床に倒れていた。傍らのマグカップから甘い匂いがした。
老人はベッドの上で手首を押さえ、叫んだ。
「また殴られた。今度は口封じに殺されるところだった」
私は救急車を呼び、同時に老人の歩行器を調べた。脚先の滑り止めを外すと、直径一センチの丸い吸盤が現れる。痣と同じ大きさだった。
五号室の入居者が震える手で、ベッド柵を三度叩いた。
「あの音は助けを求める合図です。六号室の人が、看護師さんの飲み物に何か入れるのを見たから」
マグカップからは強い睡眠薬が検出された。砂糖の小袋は、粉を包み直すためのもの。制服のボタンは、老人が看護師を引き寄せ、ポケットから鍵を盗んだ際にちぎれたものだった。
看護師が老人を傷つけていたのではない。
老人は吸盤で自分に痣を作り、告発者を被害者に見せたまま、薬品庫の盗難を看護師へ着せようとしていた。
六号室の三度のノックは、暴力の音ではなく、五号室から届いた警告だった。