再犯率ゼロ

遠野匡は毎朝、洗面台で感情スコアを測る。弟・朝陽を失ってから三か月、怒り値を六十台に保つ呼吸を覚えていた。数字が低くても許したことにはならない。ただ、母の前で物を壊さずに済んだ。

判決の日、裁判所へ入る前の表示は六十八だった。

被告席の志乃は、横断歩道で朝陽をはねた配送会社の運転手だった。居眠りではない。会社から休憩を削られ、三十六時間連続で働いていた。それでもハンドルを握ったのは自分だと、彼女は初公判から繰り返していた。

朝陽の最後の買い物は、匡への誕生日ケーキだった。潰れた箱から無事だった砂糖菓子を、母はいまも冷凍庫に入れている。志乃はその話を聞くたび泣き、罪悪感を五ずつ上げた。

この国では、過失犯の量刑は罪悪感スコア一つで決まる。七十以上なら再犯抑止が成立したとして、収監を行わない。

裁判長が告げた。

「被告人の罪悪感は九十六。矯正の必要なし。保護観察も付さない」

志乃は崩れるように頭を下げた。匡の母は隣で息を呑んだ。

「すみません」と志乃は泣いた。「毎日、朝陽さんの夢を見ます」

裁判長の卓上には緑色の表示が出ていた。

《再犯率ゼロ》

傍聴席の前方で、配送会社の代理人だけが小さく息を吐いた。会社の労務責任は別件として保留されている。今日自由になるのは、数字を出した一人だけだった。

匡は立ち上がった。

「じゃあ、後悔できない人間ほど重く罰して、後悔できる人間は何をしても帰すんですか」

警備員が近づく。手首の怒り値が七十二になった。

裁判長は淡々と答えた。

「刑罰の目的は感情的報復ではありません」

「俺の感情は、量刑に使わないのに?」

七十八。入館時には安全だった男が、今は赤い枠で囲まれていた。

端末へ新しい通知が届く。

《遺族・遠野匡に高い攻撃衝動を検出。被告人への接近禁止を仮設定します》

志乃を守るための透明な壁がせり上がった。朝陽の遺影を抱えている母まで、壁のこちら側に残された。

志乃は自由になり、匡は出口を警備員に挟まれて歩いた。

廊下ですれ違ったとき、彼女はもう一度「すみません」と言った。そのたびに罪悪感スコアが一上がり、緑の表示が濃くなった。

匡は怒らないよう、弟に教わった呼吸をした。

数値は下がらなかった。