再生バーの底の少女

鳴瀬朔は、野外フェスの記録MVに娘を見つけた。

七年前、会場で行方不明になった五歳の娘。警備員だった朔は勤務中、楽屋口へ迷い込んだ彼女を大型スピーカーの横へ連れていき、そこにいるよう言い聞かせた。その後、事故対応に呼ばれ、戻ったときには姿がなかった。

MVのイントロは、花火と観客の歓声で始まる。画面下の再生バーに重なるほど小さく、黄色い帽子の少女が立っていた。彼女はカメラではなく、画面の外にいる誰かへ口を動かす。

「そこから動かないで」

朔は停止ボタンを押しかけ、思い直した。娘が今の自分へ場所を教えているのかもしれない。Aメロで少女は、再生バーの進行に沿って右へ歩く。実際には歩いていない。カメラが会場を横切るたび、別の位置に映り込んでいるだけだった。

スピーカー横。機材テント。黒い輸送ケース。

二度目のサビ前、少女はケースの陰へしゃがむ。花火の破裂音に耳を塞ぎながら、泣かずに同じ口の形を返す。

「そこから動かないで」

朔は胸の奥で、自分の声を聞いた。あの日、娘へ言った言葉だった。

サビで画面の下半分が暗くなる。スタッフが黒いケースを閉じ、台車へ載せる。少女の帽子はもう見えない。ケースには海外公演用の管理番号が貼られ、翌朝の貨物船へ積まれた記録がある。警察は会場周辺だけを捜し、制作会社は空箱だったと報告していた。

最後の一音の直前、ケースの小窓に小さな手が触れた。指は外を指さず、自分のいた場所を二度叩く。現場マイクには、花火の下から朔自身の声が残っていた。

「そこから動かないで」

娘が父へ送った現在の指示ではなかった。怖くても命令を守り、父が戻ると信じて、その場所から動かなかった証拠だった。

朔は管理番号を捜査員へ送った。貨物の到着港も、廃棄記録も追える。娘を生きて連れ戻す手掛かりではないかもしれない。それでも、家出ではなかったと証明できる。

再生バーが端へ着くと、黄色い帽子だけが黒いケースの中へ消えた。朔は初めて、娘を待たせた場所から立ち上がれなかった。